第2章 医師法第21条(異状死体等の届出義務)条文の歴史的経緯

(1)医師法第21条の歴史と異状死体の意味するもの

一九六九年(昭和四十四年)東京地裁八王子支部判決と異状死体等の届出義務

一九六九年(昭和四十四年)東京地裁八王子支部判決は、行方不明の老女が、人通りもない人家もない山中の沢の中で死体で発見された事例である。本判決についても別項で詳述する。

本判決は、「医師法にいう死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきである」と述べているが、この「病理学的」、「法医学的」の意味は医学で言う病理学・法医学ではない。

法医学的異状とは犯罪を意味する。変死体の外表を検案するに際し、死体発見の四囲の状況の異常を考慮し、死体の外表を検査することと述べているのである。

山崎佐は「四囲の状況」の異常を、「往来稀な山間で発見された死體等」としているが、これがまさに、東京地裁八王子支部判決の「死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況、身許、性別等諸般の事情に『異常』を認めた場合」である。

医師法第21条は、旧医師法施行規則第9条当時から、①医師が診療を行っていない死体(診療関連死以外)についての規定である。同法の適用範囲は②明らかな死体(『屍體』)であり、③検案して(『屍體』の外観で)、④『異状』を認めた死体である。

検案(外表を検査、あるいは外観上)を行うに際しては、死体自体の外表面だけから認識できる異状だけでなく、周囲の状況の『異常』(犯罪を疑わせる異常)を念頭に、死体の外表面(外観)を検査し、『異状』を認めた場合に届出義務が発生する。

まさに、「異状死」ではなく「異状死体」の届出義務を意味している。変死体の検案に関する記述である。

東京都立広尾病院事件

本事例は、看護師の単純過誤事例である。この裁判の争点は、「医師が死体を検案して異状があると認めた」と認定できるか否かであり、それに伴い、医師法第21条に定める「検案」の意義が争われた。

従来、医師法第21条にいう「検案」とは、「死体検案書を交付すべき場合に死体を検案した場合に限られる」との見解がなされており、東京地裁もこの立場に立ち、「診療中の傷病以外の原因で死亡した疑いのある異状が認められるときは、死体を検案した医師は医師法第21条の届出をしなければならない」と述べ、「患者に病状が急変するような疾患等がなく、看護師が消毒液を誤って注入したかもしれないと聞き、薬物を誤投与したことによる急変ではないかと思い、右腕の色素沈着にも気付いていた。患者の死亡を確認し、死亡原因が不明と判断しているので、『死体を検案して異状があると認識していた』」と判示している。

いわゆる、経過の異状説である。東京地裁が自己が診療していた患者の死亡に医師法第21条を適用したことから、自己負罪拒否特権(憲法第38条1項)との整合性という新たな問題を引き起こしたと考えられる。