東京都立広尾病院事件の東京高裁判決

東京高裁は、「従来の医師法第21条にいう「『検案』とは、死体検案書を交付すべき場合に死体を検案した場合に限られるとの見解に立てば、死亡診断書を交付すべき場合か、死体検案書を交付すべき場合かを先ず決しなければならないことになるが、死亡時点でこれが必ずしも客観的に明らかでないこともあり、医師がその判断に迷うこともある」と述べている。

さらに東京高裁は、「そもそも、検案自体の医学上の定義は『医師が死因を判定するために死体の外表検査を行うこと』であるとし、DOA(Dead On Arrival)や当該事例等の境界事例で、『死体を検案して異状があると認めた』場合は届出義務が生じる」とした。

東京高裁は、「医師法第21条にいう死体の『検案』とは、医師が、死亡した者が診療中の患者であったか否かを問わず、死因を判定するためにその死体の外表を検査することをいい、死亡した者が診療中の患者であって、死亡診断書を交付すべきであると判断した場合であっても、死体を検案して異状があると認めたときは、同条に定める届出義務が生じる」と述べている。

ただ、本事例は、死亡診断時点では、外表の異状を明確には認識していたとは認定できないとし、届出義務の発生起点である「異状」の認識時点は、「外表の異状を明確に認識した」病理解剖時点であるとして、第一審判決を破棄した。

この判決の判旨からすれば、診療していた患者が死亡し、死因が不明で死亡診断書が書けない場合に「死因を判定するために、改めて、その死体の外表を検査(検案)する」ということであり、死因が推定可能で死亡診断書が書ける場合は検案対象ではないということであろう。

東京都立広尾病院事件第一審判決を受け、東京高裁は、論点であった『検案』の定義を「死因を判定するために死体の外表を検査すること」と明確にすることによって、東京地裁が踏み込んだがために自己負罪拒否特権に抵触しかねない診療関連死との境界領域について、「異状」の判断に際しての憲法違反を回避した。

高裁判決は、「医師法第21条が要求しているのは、異状死体等があったことのみの届出であり、それ以上の報告を求めるものではないとし、憲法第38条1項(自己負罪拒否特権)に違反することにはならない」と判示している。