第一章 ある教授の死

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「主人は、研究の内容については家ではほとんど話しませんでした。わたしに話したとしても、専門的なことは理解できませんし、わたしにはどうしようもないことですから」

「ではご家庭では、先生は研究のことについてはなにも話されなかったのですか」

「そうなんです。でも少し前に、警察犬みたいな連中がぼくのまわりをうろちょろ嗅ぎまわっているんだよ、といって笑っていました。そんなことを滅多にいわない人なので、よほどのことなんだなとは思っていたんですが」

「警察犬……? そんな人から身辺を監視されていたということですか」
「そうだと思います。電話も盗聴されているようだといっておりました」

「ああ、それで、わたしに頼みたいことの内容を電話ではいわれなかったのですね」

沙也香は、用件は電話では話せないと教授がいっていた理由をようやく理解した。

「そうだと思います」
「奥さまは、先生がわたしに頼もうとしたことの内容をご存じなのですね」

「いいえ、わたしも知りません」
「えっ、でもわたしに、先生に代わって頼みごとをしたいといわれましたが」

「ええ。それが主人の遺志だと思うからです。あなたに会いに行くとわざわざいってきたのは、なにか予感がしたからじゃないでしょうか。まさか死んでしまうとは思わなかったでしょうが、邪魔が入ることを予感していたような気がします」