第1章 本書の重要事項

重要事項08 現象の原理

Zの「原因なき原因」の例は「神は在りて在るもの」というのがその最たるものでしょうか。これは、何事にもその原因があり、原因を求めて遡行して行くと原因は無限後退し行き止まることはないが、それ以上は遡らない第1原因が神であり神の存在は自己原因であるという主張をそのように表現しているものです。(第3章有神論と無神論の宇宙論的証明もご参照下さい)

然るに、神仮説を認め、さらに神は自己原因となる力を有しているとしても、原因は時間を用いて定義されるところ、神が自己原因での存在を意図した時、神は既に存在していた筈ですから、神の存在は自己原因ではありません。つまり、神は自己以外の一切の存在の原因となりえても、神自身のために「自己原因となる力」を発揮する機会はありません。

従って、「神が自己原因となる力」を有することに意味はなく、「神は在りて在るもの」とは誤謬を語っていることにほかならないことになります。「神は一切の原因である」ことを神といえども神自身には適用することはできません。このことは不完全性定理に通じるものがあります。

そうしますと、「神は在りて在るもの」ということは成立しませんから、そのように言って済ましていることはできません。議論の赴くところ、神の存在には自己原因ではない原因はあるがそれは人間には発見できていないか、あるいはどのような原因もない、ということに分けて考えることができます。

前者は永遠の不可知ではなく当座の不可知でありいつか発見されて然るべきと考えることができますが、後者は言語明瞭にしてもその真なる意味・内容は不明です。ただ、後者も原因はあり前者と同様に当座の不可知であると考えることもできます。なお、ここまで辿り来ますと、「現象の原理」は「広義の因果律」と考えてもいいことになります。

ところで、「現象の原理」は現象が存在していることが前提となっているものですが、神は現象として知覚・認識されているものではなくその存否は不明です。現象が存在しないのであれば、その原因など考えても仕方がありませんが、神は現在に至る迄人間の前に現出していないと言っても、将来も現出しないということまではわかりません。

このことは、現象として認識されていないものについての原因など考えても仕方がない(から、そのようなものは存在しない)ということで済ますことはできず、未だ確認されていないが現象は存在するという前提の議論の必要性を単純に排除することはできないことになります。

なお、神の存在が否定されますと、宇宙は神の創造によるものではなくその原因は不明になりますが、神とは違い、宇宙という現象の実在は認識されていますから、その原因は「今現在、わからない」だけのことで、その現象の解はいつかは解明されることと期待していいことになります。

何れにしても、「現象の原理」は、原因と結果の「因果律」よりも広い概念で、起こっている全ての現象にはそれが生じている解が存在することを漏れなく表現しているものです。