夜、私は、子どものころおぼえた詩に、勝手な節まわしをつけて、うたいおどった。

江畔(こうはん) 何人か初めて月を見し
江月(こうげつ) 何れの年か初めて人を照らしし
人生代々 窮まり已むことなし
江月年々 望(のぞみ)相似たり

この時相望めども相聞かず
願はくは月華を逐(お)うて 流れて君を照らさん
鴻(おおとり)も雁も 長く飛んで 光(ひかり)渡らず
魚(うお)も龍も 潜躍(せんやく)して 水 文をなす……

舞いおわれば、ますます女(ひと)が恋しくなる。

そうだ、そういえば、おもちゃ屋のおやじに、酒をもらっていたのだった。あれを飲もう。詩人は、酒を飲むものだ。酒は詩人をして、歌をうたわしめるためにあるのだと、誰かが言っていた。

私は、生まれてはじめて、酒をのんだ。酔いはすぐにまわって来て、世界の輪郭がぼやけ出し、そこに自分も溶けてゆく。渾然一体、上気した目で星空をあおげば、浮かんで来るのは、洛瑩(ルオイン)のおもかげであった。

――吉祥天様、どうか、あの子を、お守りください。

雲ひとつない夜空には、銀漢(あまのがわ)がかかり、振りまかれた光の砂が、鳳城の屋根へとそそいでいる。真砂のごとき星たちは、日月(じつげつ)とともに、妙音を奏でつづけている。はるかなる太古から。

山川草木、ことごとくが佛法を説いている――と、曇明(タンミン)師は言った。

この星空もまた、かくの如きか。

森羅万象の最たるもの、無限無辺のものであろうか。元(げん)代、大善殿(だいぜんでん)の壁にえがかれた、十方世界が重なった。

佛が、銀河をわたって、済度(さいど)の手をのべる。
天空の佛にかこまれて、曹洛瑩(ツァオルオイン)が、かすかにほほえんだ――ように見えた。

人は花。
人は星。

世界は、美しいのかもしれない――と、そのとき思った。