独身時代の恭平は、彼独特の自然な処世術としてお勝を立てていた。しかし結婚してからは喜久一辺倒である。無視されたお勝は憤懣を募らせていた。恭平はそれに気づかなかった。むしろ、従妹である喜久を可愛がればお勝も喜ぶだろう、と無邪気に思い込んでいた。

その日を境に播磨屋の空気は一変した。

ささいなことで小言の種を見つけて喜久をいびりまくる。それも恭平が外出した時を狙う。帰宅すると喜久が涙ぐんでいるという事態が頻繁に起こった。

そんな中で二人目を身籠ると、お勝の言動はさらに露骨になってきた。恭平がいても気にせず、声高に喜久をいびる。具体的な落ち度があろうとなかろうと、生意気な嫁だ、勝手なことをするな、と非難する。

喜久がおびえて仕事の手を止めると、気が利かない、怠けている、と追及する。挙句の果てに、二人目は実家で産め、と言い出した。さすがに養父も外聞が悪いといさめたが、お勝の暴走は止まらない。ついに喜久は里帰りさせられた。

喜久の姿がない播磨屋は、恭平には墓場のようだった。

そればかりではない。なんとお勝は恭平に、喜久と離縁せよと言ってきた。

別れる気はないが、隠居の身とは言え養父母の命令も無視はできない。言を左右にしている内に、とうとう恭平の承諾を得ずに離縁状が送られた。それを後から聞かされて恭平は呆然とした。

当主を継いでも養子は養子に過ぎない。何一つ逆らえないのだ。自分が選んだ嫁なのに、勝手に離縁状を送ったお勝の理不尽さにも耐えかねていた。

「こんな思いをさせられても、俺は播磨屋を守らねばならんのか」

養父母に対する怒りはあるが、それを唯ぶつけても何の解決にもならない。では、どうするか。眠れずに悩む恭平の枕頭に『西国立志編』があった。

天は自ら助くるものを助く、という巻頭の言葉が浮かぶ。

「俺は、自ら助くるもの、であったのか。いや違う。力一杯やってきたことは間違いないが、それは巻き込まれた流れの中でのことだ。俺が望んで引き寄せた流れではない。そうだ。少なくとも播磨屋は俺の夢ではない。では、俺の夢はなんだ」

恭平は、自分は何をしたいのかを定めることが先決だ、と気づいた。

怒りが頂点を越え、ようやく冷静さを取り戻したのである。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『負けず 小説・東洋のビール王』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。