第二章 若旦那

播磨屋仁兵衛襲名

その夜、婚礼の客たちを帰した後で、恭平と喜久は養父母の部屋に呼ばれ、家を守れ、孝行せよと訓示を受けた。それから二人の部屋に下がる。布団の上で夜着の二人が向かい合った。

「イトはんはお疲れやないですか」
「いえ、あの、喜久と呼んでください」
「あ、すんまへん」
「いえ」
「あの」

沈黙に耐えきれずに喜久が口を開いた。

「あの、明日から何をお手伝いしたらええのでしょう」

苦し紛れの質問だったが、これに恭平が飛びついた。

「先ほどお父さんが言わはったように、播磨屋には家業が三つございます。そのうち、諸藩御用達と公事には、利息の計算や届出の規則など面倒なことがぎょうさんおますよって、当面は宿屋の仕事をお願いします」

「はい。宿屋は今日初めて見ましたが、勉強いたします」
「今日が初めてだっか」

恭平は宿屋の仕組みを語り始めた。何しろ岸和田の実家しか知らず、この嫁入りの道すがら、茶店代わりに休憩したのが初めての宿屋体験なのである。喜久が何を聴いても珍しがるのに対して、恭平は仕事人間で話好きときている。説明が止まらなくなった。どれほどの時間が流れたのだろうか。突然、恭平が気 づいた。

「あきまへん。寝まひょ。朝寝でもしたら何を言われるか」
「あ、はい。お休みなさいませ」

喜久は世間知らずではあったが、素直に話を聞き、屈託なく従うことができる賢さを持っていた。翌日から恭平には幸せな日々が続いた。宿屋の仕事をしていると必ず喜久が側にいる。要所々々で解説してやるのが楽しみなのだ。

「今、お得意様の荷物を預かりなはれ、とあの丁稚に指図しましたやろ」
「はい。都度々々、違う丁稚どんに声を掛けてはりますなあ」
「そこや。何で変えるか分かりまっか」
「さあ」

「中には、丁稚に小遣いをくれるお客様もいてます。貰ったもんは番頭さんに渡して月末に皆に分配する仕組みだす。いつも小遣いをくれるお客様に同じ丁稚を張り付けると、番頭さんに渡さんと中抜きしたろという出来心が起きるかも知れまへん。皆が小遣いをくれるお客様を知っていれば、互いに気にしますわな。出来心を起こさせんような工夫が大切なんだす」

「むつかし。私にはとても」
「私もできてまへんけど、それが人を使う者の務めだす」
「すごいわあ」
「いやいや」

喜久と話をすることは、恭平自身が仕事を見つめ直す良い機会になった。結婚後初の多忙な正月を終えた慶應四(一八六八)年二月、世間は鳥羽伏見の戦いで幕府軍が敗走したことに騒然としていたが、恭平は喜久に教えることに夢中だった。宿屋の仕事と相性が良かったのか、喜久は飲み込みが早く、不合理な点に気づいて改善を提案できるほどになっていた。ある日、喜久がおずおずと申し出た。

「あの、お願いが」