2007年

そんなに休んでどうする

三月になった。毎日晴れの天気が続くようになり、日が延びたせいもあってとても気持ちの良い日が続く。梅のような白い花、レンギョウのような黄色い花、モクレン、スイセンとさまざまな花が咲き始める。

日本も桜が咲く季節だろうと想像してさぞきれいだろうと懐かしく思う。

さてフランスには法律で五週間の有給休暇があると前に記した。
私の会社ではそのうち三週間は七月末からの夏休みに充て、一週間はクリスマス休暇、残った一週間は各自が好きなときに取ってよいことになっている。

これはバカンス休暇といい、管理職も同様だ。二月は学校が二週間休みになることもあり、部長も休みを取る人が多く、毎週の定例会議でも○○部長は今週バカンスなので欠席というのを頻繁に耳にする。

そんなある日のある部長と私の会話。
「ミネギシさん、五月の十四日から一週間バカンス休暇を取りたいんだけど」
「ああ、いいけどその週はTS(自動車産業のマネジメントシステム)の監査があるのを知ってる?」
「ええ? じゃあ休暇を取れないということ」
「あなたの出番がなければいいけど」
「う〜ん、私は間接部門の報告をしなければならない」
「じゃあ、だめだね」

突然彼の顔が一変し怒りで真っ赤になった。

「そんな、三月に休暇を申請したらあなたに実行計画策定でダメと言われた。四月は決算で休みは取れない。六月は決算見込み、七月は中期計画策定。じゃあ、私はいつバカンス休暇が取れるんですか!? だいたい私は家庭を第一に考えている。普段は毎日十二時間、十三時間働いている。バカンス休暇が取れなければいつ家庭サービスをしたらいいのか?」

「そんなこと言っても、あなたの代わりができる人がいなければあなたがやる以外にない」

「もし私に休暇を与えないで、それが原因で万が一私が病気になって休むようなことがあったら、会社はどうするのか
!?」

私は少々頭にきて言った。
「いずれにしても誰かがやらなければならない仕事なのだから、あなたができないというなら組織を見直さなくてはならない」

これは、暗に代わりの部長を探してあんたは解任だというニュアンスをこめた言葉である。

結局この日はもの別れ。この話には実は伏線があって、彼の三月の休暇申請時に一度はOKを出したのだが、会社の事情が変わって、どうしてもその週は出勤してもらわなくてはならなくなった。
それで私が彼に休暇を取り消してくれるように頼んだことがあったのだ。

その時の彼の怒りようはすさまじく、顔を真っ赤にして私に食って掛かったのであった。
「私は体の具合が良くない。もし休暇が認められなければ死んでしまう、会社では毎日毎日プレッシャーがかかる! こんな日が続いたらいつか私は押しつぶされてしまう」

そんなプレッシャーに押しつぶされるなら勝手に押しつぶされてしまえ、と思ったが、とっさに言葉が出てこなくて、言い返せず悔しい思いをした。その日以降しばらく私と会うと彼が顔をそむける日々が続き、最近ようやくもとにもどった矢先の出来事だった。

最初の衝突の後、フランス人の人事部長にかくかくしかじかの出来事があったと話し、
「もし彼が部長の役割を果たせないなら、他の人に代わってもらわざるをえないと言っていいか?」
と聞いたら
「う〜ん、ちょっと慎重に考えたほうがいいと思う」
とのこと。

その理由は言わなかったが、彼も「プレッシャーというなら私のほうがよっぽど大きなプレッシャーがかかっている」と私に同意してくれた。

そんなアドバイスがあったので今回も暗にほのめかすという言い方をしたのであった。それに対して彼は「ふん、好きにすればいい」と捨て台詞。私もぷいと横を向いたまま、その場は終わった。

フランスの法定労働時間は週三十五時間である。つまり七時間労働で日本より一日一時間短い。私の会社では月曜が七時間三十分、火曜から木曜までが七時間四十五分、そして金曜が六時間四十五分で午後四時終業である。

この変則的な勤務時間は三十五時間制によるものだ。
週合計三十七時間三十分で法定の週三十五時間を超えてしまっているのだが、その超過分は必ず休みを取ることになっている。それが年間合計八日分になる。これをRTTという。

会社が指定して一斉に休むRTTが半分くらい。残りは各自が好きなときに取ることになっている。

年間の国民の祝日は日本のほうが多いので、日本とフランスでは年間就労日数はそんなに変わらないように思うが、フランスにはそのほかに冒頭に記した年間五週間のバカンス休暇がある。

バカンス休暇は日本の有給休暇とは違って全員が残すことなく休む。もちろん有給だ。この分を含めるとフランスのほうが日本より所定就労時間が少なくなる。

ちなみに年間所定労働時間を比較すると私の会社の場合、日本が千八百時間台の後半、フランスが千六百時間台の前半となるので月平均で二十時間以上フランスが少ない。

また残業も日本よりはるかに少ないので、実労働時間を比べるとさらにその差は大きくなる。こんなに休んで仕事になるのかと言いたくなる。これではグローバル経済の進展による競争激化のなかで果たして競争力が保てるのかと。

現実にフランス企業がどんどん東欧などに拠点を移している。だが国全体では依然、三十五時間規制の緩和には反対する労働者保護勢力が多数派のようだ。これはドイツ、イタリアも同様らしい。

一方イギリスは経済成長優先の規制緩和派なので、EU内共通の労働時間の上限を設けるという案はまとまらず、暗礁にのりあげたままだそうである。

そんなことでフランス人はひたすらバカンスを楽しみに働いている風だ。個人的には休みが多いに越したことはないとは思うが、競争に負けてしまってはバカンスも何もないと思う。

そんな私と、かの部長とのバカンス休暇をめぐる確執はまだまだ続きそうだ。次は夏休みである。
彼は昨年、通常のバカンス三週間に加えてさらに一週間加えたなんと四週間の休暇を取った。昨年はそんなものかと許可したのだが、今年は拒否するつもりだ。

「三週間休めば充分。そんなに休んでどうするの?」というのが率直な思いだ。
こんな私の対応は過労死の国日本をルーツにする異常なものだろうか。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。