両の脇を兄と二人で抱えアパートに入り、座敷の仏壇の前に母はドサッと座り込んだ。

「母ちゃんただいま、帰ってきたよ……」と、祖母の写真に母が言った。母はいつも、そうして二十年以上も前に他界した祖母に話しかけるのを日課としている。

そして、クロゼットの中を整理したいと言って、私に扉と引き出しの開け閉めを命じた。

ネックレスやブローチ、それに綺麗な柄のスカーフやハンカチの山をつくり、親しい人たちが見舞いに来た時にあげるのだと言って小袋に分けた。どれも安物ながら、母が好きで集め大事にしまっていたほぼ新(さら)の物ばかりだ。

まるで形見分けじゃないか……と思ったが、私も兄も口をつぐんだ。

貪欲(どんよく)と執着から離れる事が人としての解脱(げだつ)と言われるけれど、既に母はそうした境地に至り、一切の物欲を必要としなくなっているのか。

「蔵の財より身の財すぐれたり、身の財より心の財こそ第一なり……」

母のアパートの玄関に掛けられたカレンダーに書かれていた。

先達の言によれば、蔵の財と身の財は現世に置いて逝かなければならないけれど、心の財(たから)だけは来世への持ち越しが出来るのだそうである。

それから母は、かねて用意の一枚のメモを私に渡した。それには祖父母の命日と好物が書いてあり、忘れずに供え物をしてくれるよう頼んだ。私は無言で受け取り、台所に用事をしに行くふりをして背を向けた。