2007年

パンをコーヒーに浸して食べる

二〇〇七年二月、フランスに来てちょうど一年になる。月日が経つのは早いものであっという間であった。フランスに来て驚いたというか、へエ〜と思ったことはたくさんあるが、その中のひとつにパンの食べ方がある。

フランスではパンが本当においしいとつくづく感じる。毎週土曜、日曜の朝は近所のパン店にパンを買いに行く。

日本でいうフランスパンはこちらではバゲットというが、これも多くの種類があり、長さも大きさもいろいろである。私が買うのは最も小さいサイズのもので長さ五十センチくらい、値段は〇・七八ユーロと安く、しかも一回では食べきれないので、二回に分けて食べる。

冬の寒い朝、まだ日が昇らない時間(この時期日の出は八時三十分くらい)にパン店に行き、焼きたてのパンを紙に包んでもらう。その温かさを感じながらアパートに戻る。ときには、家に着くのを待ちきれずに途中でバゲットに嚙り付いてしまうこともある。

外側はパリッとしていて中がしっとり、言葉ではちょっと表現できないうまさである。日本で本当においしい米を食べたときには、おかずも何もいらない。そんな感じである。

近くに二軒並んでパン店があるが、比べると微妙に味が違う。ああ、こっちの方がうまいなあと思う店にいつも行く。
その店にはちょっと美人の、鼻にピアスの女性がいる。

最初は、「ユヌ、バゲット、シルブプレ(バゲットをひとつください)」というと「どれですか?(フランス語がわからないのでたぶんこう言っているのだろうと想像する)」と聞かれ「サ(それ)」と指差していたが、毎回同じバゲットを買うので、今では何も聞かれずにいつものパンを紙に包んでくれる。
紙袋には入れずに、手で持つ部分だけの大きさの紙を包んで、端をくるくると回すだけだ。

もう一軒の店に行かないのは、鼻ピアスの美人のおねえさんではなく、おばさんが店番だからではない。
その店のバゲットはちょっと塩気が多いかなと私には感じられるからである。

それはひとえに私の好みによるものかもしれない。
証拠として、週末の午前八時から九時頃にできる店の行列の長さはほぼ同じである。

フランス人はパンを食べるとき、コーヒーに浸して食べるというのを知っているだろうか。
私はまだその光景を見たことがないのだが、クロワッサンやバゲットにバターやジャムをつけたものをコーヒーや紅茶に浸して食べるのが国民的食べ方だということである。

コーヒーがバターでギトギトになってしまうらしい。
受付のパトリシアによると六割以上のフランス人がこうしてパンを食べるという調査結果があるそうだ。

それを聞いて、さっそく市場調査に及んだ。
昼食のとき隣り合った、環境担当のセリーヌ、施設担当のグレゴリーにこの話をすると、二人ともパンをコーヒーに浸けて食べるという。

「へえ、どうしてだろう?」
「よくわからないなあ」
「バゲットはすぐ固くなってしまうから?」
「う〜ん、そうかも知れない」
などと会話したのであった。

次に経理へ行き、
「あなたはパンをコーヒーに浸してたべる?」
と聞くと、マリー=アニックは
「私はそうはしないわ」
ミッシェルは
「私もそうして食べるのは好きではないわ、でも夫は浸けて食べるけど」
という答え。

他のレティシア、ソフィー、エステルは皆コーヒーに浸けて食べるという。

「日本人はどんな風にして食べるの?」
と逆に聞かれたので
「日本人はコーヒーにパンを浸けて食べることはまずしないよ。そもそもあまりパンを食べないからなあ。
パンといっても食パンをトーストして食べるし」
と言うと、
「ふ〜ん……」とよくわかってもらえなかったようだ。

フランスでは日本風の食パンは一般的ではない。
スーパーでも片すみに少し置いてあるだけ、町のパン店ではまず見かけない。

最後に人事に行くと、たまたまソレンしかいなかったが
「うん、パンをコーヒーに浸けて食べるよ」
という答え。

「日本人にしてみるとちょっと不思議に感じるけど」
「あはは、そう?」
とちょっとばかりばつが悪そうな雰囲気だった。

その理由があとでわかった。
社長秘書でフランス人と結婚しているマキさんによると、フランス人でも上流階級の人やあらたまった席ではパンをコーヒーなどの飲み物に浸けて食べるのは決してマナーがよいとはされていないということだ。

フランス人とその話になると「でも、やっぱりやってしまうよねー」というのが一般的な感覚のようである。

ということで、六割以上のフランス人がパンをコーヒーに浸けて食べるという調査はほぼ当たっているという結果になった。あの鼻ピアスのパン店のおねえさんもパンをコーヒーに浸けて食べるのだろうか。

そうだとするとちょっぴりがっかりだなあ、などと思ったのである。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。