今思えば、よほどの根性と忍耐としっかりした考えを持っていないと、あの祖父母との同居は難しかったように思った。言い尽くせないが、それでも妻は、立派に棚橋家を支えてくれた。その功労と功績は計り知れないほど大きい。

その苦労を乗り越えられたのも持ち前の明るさと朗らかさによるものだろう。人に好かれ周りの人からの協力支援を得て乗り越えてくれたのだと思う。

結婚50周年にあたり、妻に突然渡したのは…

2010年の正月のことだ。74歳になった。妻に突然渡したものがある。

結婚50周年に当たり、感謝状とプレゼントを添えて長年の苦労をねぎらった。

「お父さんから、こんなんもらうとは夢にも思わなかったわ」

と感激し満面の笑みでとても喜んでくれた笑顔が今も忘れられない。

また、妻は、親戚縁者や友人知人から「豊ちゃん。豊ちゃん」と昔から好かれて愛されていた。

必ず言われるのが、

「あのしっかり者の豊ちゃんが、何で認知症なんかになるの」

と驚き嘆かわしく思われていた。

私も、

「無念で可哀想で、なぜ認知症なんかになるんだ」

とあるとき大声で叫び認知症を憎んだ。

そして、私は、妻よりも健康で元気で長生きしようと心に強く誓った。

[写真1]豊子の施設での作品

[写真2]結婚50周年の感謝状
※本記事は、2020年8月刊行の書籍『認知症介護自宅ケア奮闘記 私の知恵と工夫』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。