第二章 伝統的テコンドーの三つの要素

型の精神的側面

型の練習は、身体能力の向上や精神統一のためだけでなく、動きながら瞑想を行う、動 作瞑想を実践する方法としても有効である。熱心に型の練習をしている時、生徒の意識は自然と体の動きに向くようになる。正しい動きをしようと集中するので、他のことに気を取られる事もない。頭の中はクリアになり、日常の関心事や雑念も全て消えてなくなる。

テコンドーでは、あらゆる動作を通じて動作瞑想を実践する事ができる。特に、型の練習では一つの事に心を集中させるので、雑念や関心事を取り除きやすい。生徒は、まず正確に動作を覚えて実践する事に意識を集中させる。これによって、他の事に気を取られなくなるだろう。

座ったり横になったりするような一般的な瞑想ポーズもあるが、たいていの人はじっとしたままで雑念を消すことはできない。そのため、体を動かしながら瞑想を行う方法が有効なのである。無理に思考を止めるというより、物事を無意識に意識するのである。このような意識的な思考を取り除いて動く状態を「無心」と呼ぶ。

型を一旦習得すれば、自然と体が動くようになるので、あれこれと頭で考える必要もなくなる。頭でどのように動くか考えるというより、体が勝手に所定の動作を行うようなイメージである。これが持続できれば、人は無心の域に到達することができる。

この「無心」 の状態は、実際に体験してみないと理解しづらいかもしれない。特に、知的、合理的思考を重んじる西洋人にとっては、一見馴染みのない概念である。しかし、ほんのわずかでもこの無心の域に達することができれば、日頃のストレスを軽減させ、心に自由と安らぎをもたらすことができる。

そうした心の状態は、トレーニングを終えてもなお持続できるものであり、そうした状態を少しずつ継続させて体得することが理想であろう。それによって、日々のストレスにも上手く対処できるようになるはずだ。

動作瞑想は、自分の心から逃げるためのものではない。自分自身から逃れる方法は、どこにもないと考えて頂きたい。むしろこれは、新鮮な空気を吸い、日々心にある雑念から離れて一息つくような感覚に似ている。

外の世界から離れ、自分自身を見つめ直す方法といえるだろう。これは心と体の浄化の儀式とも言い、汗をかいたり深呼吸をしたりすることで、体内を浄化してくれる。もっと深いレベルに達すれば、型を通じて日頃の心配事や関心事を取り除き、意識がボーッとするような状態もなくなるであろう。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『人の道 伝統的テコンドーの解釈』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。