第二章 伝統的テコンドーの三つの要素

型の精神的側面

現代人の生活には、コンピューターが作り出した仮想世界が入り込み、現実から遠ざかっている。労働成果物より知的成果物に価値が見出され、多くの仕事は長時間のデスクワークが強いられている。

私たちの体は本来、周囲の変化に適応し、姿勢を変えながら動く必要がある。よって、そうした仕事は不健康な生活を作り出してしまう。同じ姿勢を長時間続けていると体の中の流れが滞り、体、心、精神を硬直させてしまう。日々、私たちの体の動きは制限され、ほとんどの仕事では、全力で動いたり、走ったり、筋肉を使ったりする必要がない。

もし型の練習を怠れば、身体能力は制限され、衰退してしまうだろう。型は、自分自身を見つめ直す機会を作り出し、現実世界と向き合う時間を与えてくれる。そして、人々は隷属的な立場から解放され、本来持つべき身体能力をフルに発揮することができる。

生徒は、型の中でジャンプや飛び蹴りを習うこともできる。テコンドーで習う飛び蹴り全てを型で実践するわけではない。しかし、型の中で習うジャンプは、様々なテクニックの中でも素晴らしい表現技の一つである。ほとんどの型では、一八〇度以下の回転をつけて基本の蹴りを実践する。

例えば、十五番の型(乙支)で行われる飛び後ろ横蹴りがそうだ。こうした飛び蹴りは、その他壮大な飛び技の基礎となる。高度な技を身に付ければ付けるほど、ジャンプの回転力、高さ、距離、威力が増し、射程外の敵対者にも届くようになるだろう。

現代のテコンドーにおいて、実演での飛び技は、曲芸的なものとなっており、宣伝として使われている。しかし、そうした技はあくまで実演を目的としたものであり、実生活や争いに使われるものではない。

洗練された飛び蹴りの習得は、テコンドーの生徒にとって成長の証と言えよう。それだけでなく、テコンドートレーニングの精神的側面にも大きな影響をもたらす。ほんのわずかであっても重力に逆らう事ができれば、それは生徒にとって大きな衝撃となるだろう。

限界だらけのこの世の中で、変えることのできない現実を突きつけられる日々の生活は、堪え難いものである。そんな中、自力で重力に逆らうような体験ができれば、それは個人を勇気付け、自分自身に対する見方を変えるきっかけを与えてくれる。

人生には不変的な物事があり、例えば、食事、睡眠、呼吸、死がそれに当たる。しかし、ほんのわずかであっ ても重力に逆らう事ができれば、自分の体、人生、運命をコントロールしているような感覚を取り戻すことができる。

重力は、心と体の形成に大きなインパクトを与える要素の一つであり、それに逆らうという事は、自らの人生、運命、属性に逆らうような感覚を与える。型の練習とその解釈を通じて、生徒は制限と抑制に満ちた世界から解き放たれるであろう。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『人の道 伝統的テコンドーの解釈』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。