曽我兄弟、継父の元で育つ 兄九歳・弟七歳

そんなある夜、心配で寝付かれなかった母は、そっと兄弟の座敷へ訪れた。

「もう寝ただろうか」

と、廊下から様子を窺うと、何やら話し声が聞こえて、ハッと耳をそばだてた。

「工藤」「仇」「祐経」という言葉が、切れ切れに聞こえてくるではないか。

兄弟はいつも必ず一つの床の中で寝ていたが、この時も、二人は一つの布団をかぶって、その中で相談していたのである。遅くまでの密談。そうと意識していなかったが、熱中して声が高くなっていたために、外にいる母まで内容が聞こえたのである。

「ああ、あの二人は……」

母は胸の内が真っ黒になるのを覚える。

「あれほど叱ったのに、あの二人はなぜ諦めてくれないのだろう。今もあのように……。ああ、工藤祐経がこのことを知ったら、きっとあの二人は殺される。それにこの曽我の家はどうなることか。どうしたらいいのだろう。この家を守るためには……」

……以上が曽我物語のあらすじ。我が子を案じる満江の心の内、察するに余りある。彼女は兄弟二人だけでなく、新しい夫と、その間に産まれた新しい子供たちの心配もしなければならなかった。

兄弟が仇討ちを考えていることが鎌倉に知られれば、兄弟が斬首となるだけでは済まない。頼朝は、そんな甘い人間ではない。間違いなく、兄弟をかくまっていた曽我太郎、そしてその子供たちにも罰が下るに違いない。そんなことになったら――と、彼女は生きた心地もしなかったことだろう。

けれども、曽我兄弟にとっては……。

家族と一緒に暮らすこともできない。館の外に出ることもできない。家人にすらいじめられて、文句を言うことも許されない。それを、ただ運命だから黙って受け入れろと――そんなことが、彼らにできただろうか? 以後、母と子供たちとは、まったく逆の方向へと人生を歩むこととなる。そして、両者は死が隔てるその瞬間まで、決して分かり合えることはなかったのである。