イチローの大記録に寄せて

(六)

その後どのようにして今のような華奢で強靭な身体ができ上がったのか。

陸上動物では最速の猛獣と言われるチーターのような俊敏にして、全身これ筋肉といった身体つきである。でなければ、日本でもほぼ全試合近く出場し、メジャーでもこの四年間、故障もなくフル出場できるわけがない。多分その裏には眼に見えない奥さんの内助の功が働いているに違いない。

今季からイチローに帯同している森本貴義トレーナーもこう証言している。「歳と共に身体は硬くなり太ってきて、コントロールしずらいものだが、彼の場合6~7%の体脂肪率も変わらず、二十三歳頃から見ているが、衰えるどころか逆に進化している。五年後、十年後が更に楽しみだ」と。試合前後の身体のケアには人の三倍以上の調整をしていると言う。

勿論、試合中には滅多に飲食しないし、タバコを吸っているのを見たこともない。果たして偏食がその後どうなったのか知るよしもないが、これだけ自分の身体を大事にしているのであれば、偏食癖も矯正してしまったのではあるまいか。

身体作りは、如何に強度なトレーニングやマッサージを継続しても、やはり基本は食事にある。高校時代の寮生活の経験によって、何とか偏食癖が解消されたのかも知れない。

話は少し逸れるが、私の好きな囲碁の世界でも、自宅から通う院生と、親元を離れ内弟子の修業をしながら通う院生とは実力の差がはっきり出ると言われている。その理由は定かではないが、これまでのプロ棋士のタイトル獲得者に内弟子経験者が圧倒的に多いのを見てもそれが解る。

ただ不思議なことに、内弟子修業中にその師匠は殆ど碁を打ってくれないらしい。つまり碁を教えてくれないのである。もしあっても一、二度程度と言うから、何故その間にそんなに強くなるのか今もってその理由が解らない。

ここで特筆すべきことは、イチローの趣味の一つに囲碁があるということである。小学生の頃お父さんに教わったのだと思う。(囲碁は一人では覚えられないから)対局していて負けると何回も挑戦したそうである。ものごとに対する負けず嫌いの性格は、その頃に培われたものと思われる。

願わくば囲碁愛好者として、終生、囲碁を趣味としてもちつづけて欲しいものである。オフの時、あるいは将来引退した後もぜひ機会を見て、打ち続けて貰いたいものである。

イチローが経験した、初めて親の手元から離れ、寮生活に入ったことが、様々な面でどれだけ彼にプラスになったか計り知れない。野球のことはもとより、社会生活ということも含めて、今あるイチローの土台ができたと言っても過言ではない。

父、宣之氏もその著書の中で「愛工大名電高の中村豪監督には心から感謝申し上げたい」と述べている。