「梅は食うとも核(さね)食うな、中に天神寝てござる」

「なんだい唐突に。諺(ことわざ)? どういう意味?」

耳にしたことはあるが、詳しくは知らない。呆れたような顔で母が説明する。

「核とは種のこと。俗に天神様という。天神様はかの有名な菅原道真公を指す。意味は生梅の種には毒があるから食べてはいけない。腹痛や中毒を起こす恐れがありますよ、ってとこかな」

「そのまんまじゃないか」

「直訳ではね。実はこれ、戒めの言葉なんだよ。種の中には天神様がおられるので、食べると罰が当たりますよ、って」

俺には思い当たるフシがあった。生梅ではないが、梅は梅だ。罰が当たったのだろうか。

「純平にとって、天神様とはなんだい?」

母が真摯な目で聞いてきた。考えたこともなかったがすぐに答えは出た。俺にとっての天神様……家族だ。

5

一体どこにいったんだ? 

俺は健太を探しながら、ふと思った。犯人は現場に戻る。その心理が高い確率で当たるとすれば、そこにいるかもしれない。もちろん、現時点で健太を犯人だと決めつけてはいけない。起訴され、罪が確定していないからだ。

事故現場の丁字路にやってくると、健太がいた。なぜか赤星先輩と一緒に。赤星先輩は液体が入ったプラスチック製のスプレー容器を持ち、シュッと地面に噴霧していた。次に、噴霧した箇所を黒い布切れで覆い、中に顔を突っ込んで何かを確認する。それを繰り返している。その様子を健太はじっと眺めていた。

光司がこの場にいるのも気になった。赤星先輩が呼んだのだろう。雑学好きなだけに。光司も赤星先輩の作業を見ていた。

俺は「よっ」と光司に挨拶すると、赤星先輩に近づきながら「何やってるんですか?」と尋ねた。

「ルミノール反応の鑑定」

「赤星先輩、素人じゃないですか」

「バーカ。素人でも簡単に扱える実験キットがあるんだよ」

俺の顔を見ずに赤星先輩が言う。作業に夢中になっている。

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