プロローグ

「なんだかなー」

昔と比べてすっきりした感のある駅前の街並みを見て、故宇藤(うどう)開(かい)の代名詞ともいうべき名ゼリフが思わず口に出た。宇藤さんの大ファン、というわけではないけれど、その言葉が出ることがたまにある。

きっかけは、ずいぶん前の話になるが、宇藤さんが亡くなったニュースを知ったときである。畑原(はたけはら)時彦(ときひこ)主演の連続ドラマ【先生ぴんぴん物語】で教頭を演じた宇藤さんの姿が脳裏に浮かんだ。宇藤さんといえば、旅番組やグルメリポーターとして活躍するタレントさんと思っている人が多いかもしれないが、オレには俳優のイメージが強かった。

「えのきっ」

「せんぱ～い」

そんなドラマの名シーンがダイジェストで頭の中を駆け巡ると、今度はドラマの主題歌【抱いて抱いてTONIGHT】のメロディが鳴り響いた。オレはその歌を口ずさむや、無意識に踊っていた。もちろん、トキちゃんになりきったつもりで。トキちゃんは好きなアイドルの一人だった。

訂正。今でも好きなアイドルの一人だ。

再訂正。今でも好きなアーティストの一人だ（オレの中では永遠のアイドルだが）。

「パパー、何してるの？」

隣にいる一人娘の蘭(らん)がきょとんとしていた。はっと我に返る。

「別に」

急に恥ずかしくなり、オレは顔を赤らめる。

「変なパパ」

蘭が頭を横に傾けた。

それにしても、五十を過ぎたおっさんのオレが無意識とはいえよく一心不乱に踊れたものである。昔取った杵柄(きねづか)という奴だろうか。子供の頃、テレビの歌番組に好きなアイドルが登場すると、勉強そっちのけでモニターの前にかじりついていたのを思い出す。懸命に振り付けを練習したおかげで身体が覚えていたのかもしれない。