第二章 片倉小十郎重綱の使命

親父どのが母御を江戸に送った当時と今では、天下の有り様が違う。あの頃は関ケ原合戦が終わったものの、まだ戦の決着がついていない時期だった。諸大名やその家臣の家族を証人として江戸に集めることは、大名たちを最後まで徳川方に味方させるための方策であった。人質を送る側もそれをわきまえての協力だったのだ。

儂は片倉家のため、伊達家のため、そして何よりもおのれのために、死に物狂いで戦った。その働きが徳川の天下取りにつながったのだ。そんな徳川家にそれでもまだ証人を出さねばならぬのか。思えば思うほど口惜しい。虚しいものだ。悲しい気持ちを誰にも言えぬが、お方は儂の心を知っていよう。

伊達陸奥守も同じ想いであろうが、そんなことはおくびにも出されぬことを見習わねばならぬ。

親父どのから引き継いだ儂のこれからの役目とは……。

片倉家が白石城の主となってから二十年近い歳月が流れたが、この領地はそれよりずっと以前、刈田(かつた)氏や白石氏、上杉氏、蒲生(がもう)氏等によって統治されてきた。この城は蒲生氏によって築かれたものだ。

領民の中には蒲生や上杉に馴染んでいた者もいるかも知れぬが、儂の役目は領民がこの地の民であることを誇れるようにすることだ。間違っても一揆など起きぬように、直訴などされぬようにしたいものだ。「なんと欲のない……」お方の声を聞いたような気がしたが空耳だったようだ。

「白石は盆地で、山から流れ込んだ川の水は冷たいしのう。田を増やすのもなかなかぞ…」

また思わず独り言を漏らしてしまった。

「ほんに、考えねばなりませぬなあ」

お方はいつも耳をすませている。怖れながら、とお方が言った。

「先日、お殿さまは今までにない、油を使わずに作ったそうめんを召しあがって、美味いとおっしゃいましたなあ。これまでそうめんは油臭いと召しあがりませんでしたが……」

「名主が届けてくれた品であったのう」

「小麦の粉と塩水だけで作った、と聞いています。上方の旅の僧から教えてもらったとか。油不入(あぶらいらず)そうめんと申すそうです。あれを作らせて、伊達さまに差し上げてはいかがでしょう。お口に合えば、公方さまや大名方にも、お使い物にしていただけるのではないでしょうか」

「どうであろうな。上方の方が一段と優れていよう」

何事も上方から伝わってくる。たしかに美味ではあった。だがそれも上方の旅の僧から教わったものであるなら、お歴々にはすでに油不入そうめんは、珍しくもないのではなかろうか。果たして上方の麺と競争できるものであろうか。