塵芥仙人ごみせんにん

「そうね。ところで紛失の件だけれど、彼女たちのレベルだと、いろいろな意味でリスクの高い盗みをするほうが割に合わないから、誰かの妬みを買って隠されたケースかもね。また単純に落としたということで人に拾われたとしても、一見して値打ちがある物と分かるはずだから、到底、素直に申し出てくるとは考え辛い。きっと猫糞(ねこばば)されたに決まっているわ」

「それはどうかしらね。世界中で遺失物の返戻率が高いといわれるこの日本であれば、正直に届け出るような殊勝な人だっているかもしれないわよ」

「でも明子。その時計は、結局見つからなかったんじゃないの?」

「ところがそうではなかったの。この失せ物、初めのうちは確かに見つからず、沙織ったら、ほとほと困り果ててしまって、私に相談を持ち掛けてきたわ。丁度ゴールデンウィーク明けの月曜日だった。きっと、市役所に勤めている私だったら、豊富な情報を持っていると思ったんじゃない? 

私は、『警察に届けるのが一番よ』って言ってやったんだけどね。『これだけの代物だから当然保険には入っているんでしょ』と尋ねると、急に涙声に変わって『確かに入ってはいるのだけれど、手続きをしているうちに大ごとになり、主人の耳に入ってしまうから、何とか秘密裏に見つけ出したいの』と泣きつくのよ。このことで夫婦間の信頼が揺らごうものならば、愛情にもひびが入る。それを一番恐れていたのね」

「沙織さんて少し驕ったところがあるようで鼻につくけれど、夫婦間にひびが入るのは、可哀相ね」

優菜の同情した眼差しを見て、明子は続けた。

「ただ、万に一つ、落とし物として出てくる可能性だってある。だから宿の支配人だけには次第を告げ、くれぐれも口外せぬようお願いをしておいたというのよ。すると、旅行から帰った日曜日の晩に、夫が、追い打ちを掛けるように、こう言ったそうよ。

『国会の会期が終わる六月の末に合わせ、今年も催される政府と経財界のレセプションに、夫婦揃って招待を受けた。ついては、スーパー業界トップの沽券をかけ、さりげなく自分があげたロレックスを付けてきてもらいたい』と。

そもそも、今年の誕生日プレゼントの裏には、そのような思惑があったというわけよ。沙織ったら、保険手続きを申請して公にでもなったら夫の知るところとなってしまうし、夜も眠れないほど、悩んでいた。私も相談を受けた以上は放っておくことはできないし、かといってこれといった妙案も浮かばず、ほとほと困り果てていた。と、そんな矢先に……」

明子の目の前で、ランチの鰺フライをつまもうとした優菜の箸が止まり、彼女が身を乗り出してきた。

「そんな矢先に何があったの?」