塵芥仙人ごみせんにん

いにしえより、人の生き死にの周りでは、時として思いも寄らぬ不思議な出来事が起こり得るものである。しかし、誰一人としてそれに気付く者もなく、波細さざなみ一つ立たずして、漠然と行き過ぎてしまうことは意外に多い。

どこにでもいるであろう、ごく普通の小市民、土田有三つちだゆうぞう。彼の身に降り掛かった災いも、その不思議な出来事の一つであったのかもしれない。

さて、有三は、よわい五十九。東京に隣接する某市で行政を行う一公務員であった。真面目を絵に描いたような性格で、持ち前の実直さも加わってか市民への誠実な対応ぶりは、部局内外からも高い評価を得ていた。開発事業部の課長にまでなっていたが、定年を一年後に控えた現在、残念なことに、それ以上には、どうも昇れそうにはなかった。

ところで、彼が毎日使う片道十五キロの車での通勤路の途中には、今でも郊外の趣を残す林道があり、そこを抜けると急に視界が開けて、周りには荒れるに任せた雑草だらけの休耕地が現れる。

そこでは、近年までお隣の東京へ向けて、茄子や胡瓜、冬には白菜などをこしらえて出荷していたに違いない。しかし、近頃は、農労に携わろうなどとの殊勝な心根を持った後継者は現れないらしく、数年も放置されたままとなり、春夏秋冬、一年を通しておのれの存在を主張してやまぬ雑草どもの占領地と化していた。

さらにその一角には、これ見よがしに煤煙を撒き散らし、近隣住民に健康被害への不安を煽らんとするかの巨大煙突を備えたゴミ処理場が建っていたのだ。場内には、そこここから集められたと思われる廃棄物がうずたかく積まれ、黒煙となって空中へと飛散していく我が身の運命を静かに待っていた。そこはまさに、景観をも一層損ねて余りある、醜悪さ以外の何ものでもない存在だった。

さて、そこの番人はというと、とても奇怪な姿をしていた。頭の頂を中心に周りへと禿広がり、わずかに残された銀髪の縮れ毛が、両耳の脇から後頭部にかけて弧を描くように連なり、風が吹く度に、たなびいて見えた。顔や体は、真夏の照りつく太陽に炙られたかのような赤銅色。真っ赤に充血した眼の中央で、暗黒の瞳がやけにギラギラと光っていた。

誰が付けたか定かではないが、巷では、この御仁ごじんをいつしか塵芥仙人ごみせんにん渾名あだなで呼ぶようになっていた。