北満のシリウス

八月七日 午後一時十五分頃 ハルビン ハルビン街路上

ナツは、真剣な表情でハルの顔を見ていた。

「自分も心から愛せて、相手もありのままの自分を受け入れてくれる人かあ……」

茂夫は、考え込むように腕を組んだ。

「まあ、そんな相手に巡りあえたら、確かに幸せになれそうじゃがのお……。現実的には、どうかのお……」

ハルは、自分の発言に対する二人の反応を見て、得意顔になった。

「さあ、いつまでも、おしゃべりしてると日が暮れちゃうわよ? そろそろ出発しなきゃ、ね?」

ナツが、勢いよく立ち上がった。

「待ってました! で、シゲじいも一緒に行く?」

「わしゃあ、家内が死んでから、どうも、さみしゅうてのお。今日も、この後、特に用事はないし……。どうかの。ハルさん。わしもついて行って差し支えないかの?」

「今日は、色々とお買い物をしますから、帰りに男手が必要ですし、大歓迎ですよ? でも、お薬屋さんには、ちゃんと寄って行きましょうね」

茂夫の顔がパッと明るくなった。

「わしゃ、今だに体力には自信があるんじゃ。まかせとかんかい!」

ナツが拳を振り上げた。

「決まったわね! じゃあ、出発よ!」

アキオとフユが続いた。

「出発!」

「出発!」

ハルが、いたずらっぽく、横目でナツのほうを見た。

「でもね、ナツ? あなた、キタイスカヤへ、制服のまま行くつもりなの?」

ナツは、自分の服装を見下ろした。

「いけない、忘れてた!」

そう言って、頭の後ろに片手をやり、舌を出しておどけて見せた。みんなが笑った。

「どうしよう。いったん、おうちへ帰らなきゃ」

「大丈夫よ、ナツ! 今朝、あなたのドレスも、診療所に持って来たの」

「さすが、お姉ちゃん! そういうところ、意外に気が利くう!」

「意外に、なの?」

八月七日 午後三時二十分頃 ハルビン キタイスカヤ 歩道

ハル達は、にぎやかなキタイスカヤの歩道を松浦洋行に向かって、南から北へ歩いていた。時は、午後三時台であり、まだ、アベードの時間である。