北満のシリウス

八月七日 午後一時十五分頃 ハルビン ハルビン街路上

「そう、向こうがお姉ちゃんのこと気に入っちゃって、あきらめないのよねえ。恋人面しちゃって!」

「何じゃ、ハルさん、気に入らんのか? 満鉄の社員なんて悪くない話じゃと思うがのお」

ナツが続けた。

「そうでしょ? まあ、確かに男としての魅力は薄いけどお」

「何じゃ、何じゃ、二人ともかなり厳しいのお!」

ハルは、うつむいた。

「そういうわけじゃないけど……。でも、あの人はイヤよ。絶対にイヤ!」

「ま、私も苦手だけどね、あの人……。頼りないし、えらそうだし、話もつまらないし……」

茂夫は、ニヤリとして、そばに立っているナツの顔を覗き込むようにした。

「ところで、ナッちゃんは、誰か好きな男はおらんのか?」

ナツは、自信満々の表情できっぱりと答えた。

「残念ながら、いません!」

「ほう、まあ女子校じゃから仕方ないがのう。でも、男子校の生徒と顔を合わすことだってあるじゃろうが」

「私、そこら辺の男の子には興味がないんです!」

「ほお?」

「私、これでも理想は高いのよ」

「やっぱりあれか? 大臣とか博士とか、そういうのになりそうな男か?」

ナツは、両手を腰に当てて、自信たっぷりに答えた。

「男は、肩書ではないのであ~る!!」

アキオが楽しそうに大声で続けた。

「であ~る!!」

そして、フユも。

「あ~る!!」

「じゃあ、あれか、やっぱり顔か?」

「男は顔ではないのであ~る!!」

「であ~る!!」

「あ~る!!」

「じゃあ、ワシみたいな男が好きか?」

ナツは茂夫に飛びついて、抱きついたまま、茂夫の顔に自分の頬をすり寄せた。

「そうだよお! シゲじいのこと大好きだよお!!」

「そうか、そうか! じゃあ、ワシと接吻しよう!!」

ナツの体が突然、硬直した。

「イ?!」