第2章 光秀と将軍義昭

1.光秀、幕臣を辞退

光秀

「ははっ、公方様にはご機嫌麗しく。また、お忙しいにもかかわらずご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉りまする。その件につきましては、過日側近の曽我助乗すけのり様を介して『光秀儀、此度故あって、“将軍家直参を致仕ちし申し上げる旨”言上申し上げておりましたので、お聞き及びのことと存じます。本日は、長らくお世話になったことへの御礼を申し上げると同時に、今後とも公方様のお役に立つべく尽力する旨申し上げたく、参上致しました」

藤孝

⇒義昭様の信長嫌いも度が過ぎている。これでは光秀の立つ瀬がないではないか。清信の腰巾着め、こいつが義昭様の目をおかしくしている。これではいずれ儂も将軍家を去らざるを得まい……早々に信長様に意を通じなければなるまい……。それにはこの光秀とも意を通じておく必要があるな……。

義昭

「光秀、聞けば織田弾正信長より過分な俸禄を受けたのに惑わされたのではとの噂もある。そちは、土岐源氏の血を引く由緒ある家柄であり、将軍家とは深い繋がりのある身ではないか。禄に惹かれて将軍家を致仕する不忠は万死に値するものじゃ!」

光秀

「ははっ、公方様のお怒りはごもっともなことでござりまするが、この光秀決して将軍家を軽んじたり、ましてや断じて禄に目が眩んだのではござりませぬ。某の公方様を敬う心根は、今までと全く変わるものではござりませぬ。むしろ更に強くなっております。織田家に仕えても、公方様を戴き、この日ノ本を一つにし『泰平の世を造る』ことは、今日の群雄割拠の戦国の世では、なかなかできるものではござりませぬ。故に『二足のわらじ』を履くのではなく、『天下静謐』を目的に、日ノ本の統一を目指す信長様に仕え働くことが、ひいては将軍家繁栄の礎となり『天下泰平実現』の近道と愚考した次第でござります。何卒織田信長様と心を一つにし、力を合わせて戴きたく、お願い申し上げまする!」

義昭

「光秀、予は征夷大将軍であるぞ、信長が予に忠誠を尽くしてこそ天下統一ではないか!信長はむしろ、諸国の大名を己が好むように破壊しようとしているのではないか! 何が天下泰平だ!」

光秀

「恐れながら、お言葉を返すようで恐縮ですが……」

義昭

「えい、黙れ、黙れ! 天下統一は、あの武田信玄のごとき勇猛で勤皇の志を持った大人物が、予を立てて実現するものじゃ。信長は誰の意見を聞こうともしない! 唯我独尊で暴虐非道じゃ。今に見ておれ。毛利に仕える、安国寺恵瓊えけいが『奴はいずれ高転びするであろう』と言っておった。そんな信長に仕えるとは、貴様を見損なったわ! 予は信長が嫌いじゃ!」