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明くる日ワンカップのおっさんが一人で店に飲みに来たから、それとなく尋ねてみた。

「こないだいっしょにいた女の人、今日は来ないんですか?」

「ああ、大地ちゃん? あの子、今日退院していったよ」

「あ、そうなんですか……」

何ごともなかったように呟いてみせたが、ガッカリだ。けれど退院したって、再びリカー品川に来店することもあり得るという儚い望みを抱き、次の日も、次の日もぼくは待っていた。けれど彼女はやってこなかった。そのうち、いつまでウチに居ついている気だと品川さんに叩き出され、ぼくの居候生活は終わったのである。

実家に戻ってからも、短かった彼女との逢瀬を、時々思い起こすことはあった。そもそもあの少々変わった女は、何者だったのだろう? そんな不思議な思いに囚われることもあった。

あの行為が一夜限りの夢だったように、彼女の存在自体、夢だったような気分にもなる。ふらっと現れ、ふわりと消えていった、摩訶不思議な女。キツネにつままれたような体験をしたのだと寂しく踏ん切りをつけ、慌ただしい暮らしの中で、ぼくはいつしか彼女のことを忘れていったのだった──。 

それからおよそ一年と七カ月ののち、あの女は再びぼくの前に現れたのである。

配達先の住人、という偶然によって。驚きはもちろんあったけれど、忘れていた存在だし、そもそも普段あまり高くないテンションが歳月によってより落ち着き、ぼくののほほん振りも堂に入ってきたようで、久しぶりの再会にもトキメクなんていう心理現象は起こっていない。

ただ、浮付く感じはもちろんある。これからのことは分からない。配達する物がなければ、もう会うこともないだろう。彼女が別れ際に言った言葉が思い出される。

バイキンマンのお面を被り、「まだバレていないと思うよ、わたしの正体」

確かに、謎だ。相変わらず正体不明の雰囲気を漂わせている。けれどぼくは探偵じゃないから、謎解きに興味はない。いつものように、まあなるようになるさ、でいくしかない。ぼくもまた相変わらずだ。一年七カ月経ってもちっとも成長しない精神は、ぬるま湯に浸かりながら、『ケ・セラセラ』を唄っている。