異常事象

「まもなく青色が消えようとしております。専門家の出した試算によりますと、本日十七時頃には完全に消える見通しとなっています」

朝のニュース番組のアナウンサーが神妙な面持ちで語りかけている。

「そろそろか……」

男は食パンを頬張りながら、テレビに向かってポツリと返事をした。

ある日突然、身の回りにある「色」が消え始めた。その勢いは留まることなく、今もなお失われ続けている。

異変は赤色から始まった。世の中のありとあらゆる赤色の発色が薄くなり始めたのが事の発端であった。

最初こそ個々人の目の不調の問題かと思われたが、そうではないことはすぐにわかった。異変は世界中で、いや全人類共通で起こっていたのだ。以来、世の中はこの話題で騒然となった。

赤色は一年という年月をかけて日に日に薄くなり、やがて色を失った。それは半透明とでもいうのだろうか。モヤがかかったような、はっきりとしない光景だった。

しかし全ての赤色が消えたわけではない。人工的に作られた物に限定してのことであった。つまり自然界の木や草花などは鮮やかな色を残して存在し続けたのだ。人工的な赤色が消えて以来、およそ一年に一色のペースで世の中の色が消え始めていった。赤色、緑色に次いで今回は青色ときた。

なぜこんな奇妙なことが起きているのか、さまざまな領域で原因や解決方法が研究されているものの、未だに何も解明されていない。いろんな分野の専門家を集めても、皆揃って首をかしげるだけなのだ。世間はこの謎の現象を「異常事象」と呼ぶようになった。

科学技術が進歩した現代の力を持っても解明できない現象に、人知を越えた力が働いているという非科学的な考えも浮上し、物議を(かも)しているほどだ。

男は残っていた食パンを牛乳で流し込み、テレビを消した。身支度を整えながらクローゼットの洋服を眺める。中にはお気に入りの青色の洋服が所狭しと並んでいるが、どれもすでに薄くなっており、今にも消え入りそうな色だ。

先ほど観たニュースによると、仕事から帰る頃にはすでに消えていることになる。つまり、これで見納めなのだ。男は別れを惜しむかのように一着ずつ優しく触れ、クローゼットを閉めた。

家を出れば街はクリスマスムードだ。クリスマスといえば赤色や緑色をイメージする。しかし、どちらもすでに消えてしまった色である。今では、サンタクロースの洋服の色は黄色が主流になり、街にはイエローサンタなるものが溢れている。最初こそ違和感があるという声も上がっていたが、いつの間にか人々の間に浸透している。