第一部 銀の画鋲

「牧師の奥さん」

次の日、カトリーヌはミルクの配達に来なかった。違う配達人がやってきた。

ワルツさんがその訳を尋ねると、カトリーヌは熱を出していると配達人は答えた。

ワルツさんは黙って身支度を始め、出かけていった。

教会に行くつもりだ、きっと。

僕はこっそりワルツさんの後を追った。

ドン・ツ・ドン・ドン・ツ・ドンってワルツさんは歩いていく。

いつもより早い足取りで。

綺麗な青にサッと刷毛で描いたような雲がひとつ、僕とワルツさんの上にあって、心が寛大になれそうな日だ。

カトリーヌがちゃんと寝てればいい。

教会の玄関から中に入るワルツさんを見届けて、僕は裏の台所の窓から中に忍び込んだ。

台所の両脇に小さな部屋があってそのひとつがカトリーヌの部屋らしい。

カトリーヌの匂いがする。

日向の干し草の匂いだ。

台所の右側の部屋に僕は近づいた。

ああ、カトリーヌはここにはいない。

廊下の突き当りの部屋のドアの前に来ると話し声が聞こえた。

僕は耳をそばだてた。

「奥さん、カトリーヌは熱があるらしい。こんなに真っ赤な顔をしてフラフラしておる。働かせるなんて、無茶だと思いませんか」

ワルツさん、いつになく強い口調だ。

「いいのよ。ワルツさん、私の熱はすぐ下がる。夕方になると下がるから」

カトリーヌの声には力がなかった。

「ワルツさん、カトリーヌと私たちのことはもうほっといていただきたいわ。カトリーヌ本人がいいと言っているんだから、いいじゃありませんこと」

けっ、気取ってやがる。

でも今回ばかりは昼行燈のワルツさんではなかった。

「とにかく、病気の時は安静にしておかないと大変なことになる」

熱を帯びた声でワルツさんは繰り返し同じことを言った。