第一部 銀の画鋲

「ふたつの訃報」

次の日、カトリーヌは本屋にやってきた。出発の日まで来られそうにないからワルツさんと僕に会いにきたと、カトリーヌは唇を噛んだ。

「今日は買い物のついでに寄ったから少しいられるよ。ワルツさん、いいかな」

なんでも、牧師夫妻は風邪をひいて寝込んでいるという。

「だから、この前みたいにここに乗り込んでこないよ、安心して」

カトリーヌはまた痩せたみたいだ。目が落ちくぼんでいるせいで、睫毛が頬に長い影を落としている。

「おお、いいところに来た。カトリーヌ、これを読んでくれ。この眼鏡が最近合わなくなってな。文字が読みづらくてたまらん」

ワルツさんは昨日届いた手紙をカトリーヌに渡した。差出人はコランだった。

「それじゃ、ワルツさん、読むよ」

親愛なるワルツさんへ

五番目の季節の冬はとても美しいと私の同居人のハツカネズミから聞いたことがあります。いつか、もう一度そちらにお邪魔してみたいとクロエも申しておりました。パリの冬もことさらに綺麗なのですが、今の僕は冬の木立にすら憎しみを覚えます。

クロエは一週間前に死にました。

安らかに逝ったのですが、そんなことは僕の慰めにもなりません。パリの街の泥の池に咲くスイレンを一本ずつ引き抜くために僕は毎日出かけます。

泥だらけになって帰ってくる私にハツカネズミは言いました。刺繡でできた本をワルツさんにお返しなさいと。なので、お返しいたします。

あの日、見ず知らずの僕たちに親切にしてくださったこと、心から感謝しています。そういえば、ワルツさんは黒猫を飼ってらっしゃいましたね。

名前を伺わなかったのが残念ですが、とても美しい黒猫で額の真ん中の傷が三日月みたいだったとハツカネズミに話しましたら、以前、友達だったと申しておりました。

四年前に、パリから姿を消されたそうです。ハツカネズミからよろしくとのことです。では、お元気で、さようなら。

コランより

コランの憔悴ぶりは相当なもんだな、とワルツさんは頭を掻いた。

「本も届いたんだね。もう一度私に見せてくれる、ワルツさん」

カトリーヌが本を開くと、パラパラと灰が床に落ちた。鮮やかに香りを放っていた刺繍の花はすべて死んでいた。

こんなになった本を返すなんてどうかしている。それに、ハツカネズミの友達なんて僕にはいない。僕はパリでは有名だったから、そいつがホラを吹いたんだ。まったく、馬鹿らしいにもほどがある。