第二　雑歌の章その二　　

誰(た)そ彼(がれ)

十数年前に止まっていた橘の花時計の歯車はやっと動き出し時を刻み始めた。母校に赴任してからも私は毎日通い詰めた……この花壇が好きだから。

花を見ていると、ここで流した涙と汗、高校時代の淡い想いや儚い初恋を思い出させてくれる。今となっては良い想い出になっていたが後悔は残していた。その後悔をいつの日か払拭したいとは思っていた。

でも、それ以上にこの場所は自分の気持ちを高校時代の汚れていない真っ白な気持ちに戻してくれる唯一の聖地。そこに行けばいつか彼らと同じ青春時代に戻れるような気がしたこともあったが、本当に高校時代に戻る経験をしたのは今日が初めて。

それは想い人と同じ雰囲気を持つあの彼のどこか寂し気で悲しみを内に秘めたまなざしのせい……でも今日の経験に私は後悔していない。

「君とここで十年ぶりに再会して歌を交わすことができると思わなかったな」

と言ったが、高校生の自分を見られた気恥ずかしさを感じていた。もう一度高校時代に戻りたい気持ちをグッと抑えて彼の瞳をなるべく見ないように我慢した。

――そして話題を変える。

「家に帰ったらお母さんに聞いてくれるかな。……花時計の周りの花を植え替えたいので十二分割の花の配置とそれぞれの花と色についてどうしたらいいか教えて頂きたいと」

「はい、わかりました」

と彼の真っ直ぐな答えが返ってくる。自分の好きだった人を横にし、沈みゆく夕陽を今日はゆっくりと一緒に見ることができ、花の香りと柔らかな風に包まれて気持ちが良かった。

「今日はありがとう。君のおかげで一つ、心の整理ができたの」

と少し後ろに下がりながら夕陽を重ね彼を陰にしてお礼を言う、「ありがとう」という心の言の葉もそっと添えて……。彼が作り出してくれた暖かなオーラに包まれ自然のゆらぎにも癒されて、これ以上ない幸せの中にいることを橘は感じていた。