ちょっとの無言の間に、自分のことを考えていた。あやこが憧れる結婚や子育てに無反応でいるぼくもまた、さっさと老人になってしまいたいクチなのかもしれない。しかし老人というのは、人生の苦労や面倒を乗り越えて初めてなれるものだから、それを端折ったぼくや大地瞳子の成れの果ては、妖怪ならぬ、老怪、といったところか。

とはいえ同い年でありながら、この大地瞳子という、すでに未来に期待を抱かぬような虚無の女は、あやことは明らかに違うし、馬鹿っぽく見えるところがあるのは明らかに装いだということもそろそろ分かり掛けてきたが、とはいえ本性はよく分からず謎めいていて、それでもどちらかといえばあやこよりはウマが合うのかな? などと感じつつ、

「まあでもさ、おばあさんでも、憧れる対象があるだけマシなんじゃない? オレなんか、これといった憧れさえ持ってない絶滅危惧種だから」

「絶滅危惧種?」

未来のない個人営業の酒屋やそれを生業とする自分を、ぼくは密かに絶滅危惧種と呼んでいる。それを説明してやると、

「へえ、面白ーい。じゃあひと思いにわたしが絶滅させてあげよっか?」

「どうやって?」

襲われるかと思い、身構える。

彼女はうれしそうに、「こう見えてわたし怖い女なの~。絶滅得意なの~」

両手の指を触覚のようにわしゃわしゃと動かす。

「全然怖くないんだけど」

どちらかといえばふざけた感じがかわいい。

「ああ、ダメダメダメ!」

突然眉間に皺を寄せ、彼女は首を何度か横に振った。

「どしたん?」

「若菜の顔が浮かんじゃった」

「若菜?」

「今日のお葬式の人。若菜がむっとしてた」

つまり、若くして死んでしまった兄の元嫁という人が、早く年寄りになりたいという彼女の投げやりな言葉に、人生を無駄にするな、と怒っているということなのだろうか。

【前回の記事を読む】白いワンピース姿で彼女は僕を待っていた。お見舞いを装って…病室で秘密の酒盛り。