「僕はほぼ独学で、いつもやっていることに自信がない」


「あたしたちも同じですよ」


「美大に合格して」


「だって美術家のパスポートを貰ったわけじゃないですから」


「でも何々美術大学出身っていうのは、活動していくうえで自信というか、有効なバックグランドになりませんか?」


「思われてるほどじゃありませんよ。それにたまたま合格してココにいるけど、そんなに大きな能力の差はないとあたしは思っています。結局本人次第なんじゃないですか」


「そう言っていただくと、なんか励みになります。もしよかったらアドレスの交換をしませんか」


「いいですよ」

三日後、喉がカラカラになるほど緊張しながら電話した。


「あのー、突然ですが、あなたを好きになりました。僕と付き合ってくれませんか?」


「……お互い個展があったら案内状を送りあう、美術というフィールドで刺激しあう、そんな関係だとあたしは解釈していました。そういうことでしたら、おことわりします。ごめんなさい、これで失礼します」


電話は切れた。ウェディングベルが頭上で鳴り響いていたのは何だったのか。久しぶりにこんな気持ちになった女性との修作の恋は、あっという間に終了した。

しばらくして書店で美術雑誌を手にとりページをめくると、ネクストブレイク・現代美術作家特集という記事があり、そこに、彼女の巨大な作品と彼女のインタビュー記事が載っていた。彼女の周りにあった光の放出はこれだったのか……修作は自分の見立てがまちがっていなかったと変に納得し、すぐにページを閉じて、書店を出た。

年の瀬からの長い休みがはじまる。まとまった時間ができると、やはり物理的に連続した創作ができるので、とてもいい。早くアトリエに行って続きをしたくてしたくてウズウズとしている。


アトリエを後にしてから次にアトリエにくるまでの間に、続きの展開を考えていて、アイデアが固まっている時などはアトリエに入ると、その思考が逃げるわけでもないのに、一気に数分数十分間で、さっさとやりとげてしまう。考えたことを実験・実践することは修作にとってとても楽しい。これ以上のエクスタシーはないかもわからない。

こぼれ落ちた作品たちの共鳴。考えることはおもしろい。手を動かしてズンズン進んで小一時間もすれば着地する作品がある。まるで自然に出来上がってしまったような………でも、こういう時の作品ほど、他者の評価は案外いいものなのだ。どうしてだか今もわからないが、経験上そうなのだ。それが何か気づけば、彼はとうに身を立てていただろう。多くの受賞を重ね、社会の賞賛を浴びて、アカデミーの後ろだてがなくてものし上がることができたはずだ。

山肌の反射したやわらかな光よ。地に放たれる。不浄な優雅。あらかたは淀みのごとく、その混沌に首を突っ込み
またぞろ脱け出せなくなったものたち。老若男女の墓碑銘は空に屹立し、うるんだ空気を起こす。未来の面相がぐるぐるかけまわる。ザ・サリンジャー麦畑は死んだのか、屋根の猫朝帰りして過ごしている。


見えないものから片付けなければならない。原初的な言葉、人間が知能を持たない時のはぐらかし、わめき、森のゲーム、天辺から叫び声をあげ、空に虹をつくる。神のようなささやきがなければこの世界は出来上がらなかった。そうなのか? 宇宙はその前から存在していたのではないか……原宇宙、卵宇宙のような……。


一つの自然なロゴスに無為に愉快に溶け込む。ヴァリアントな牛のように繰り返し繰り返し反芻しながら歩くだろう。

【前回の記事を読む】【小説】自分を芸術に導いた美術教諭の言葉「詩を書きなさい」