三十六

初詣に行ってきた。三日を過ぎて人もまばらであった。

古いお守りを納めて、今年は住所・氏名・母の名を言ってから、願いを伝えた。去年は思っていながら、住所・氏名を名のるのを忘れてしまったので、今年はまちがいなく言えた。

母と自分のお守りを買うために社務所に行くと、三人の若い女子が白い服を着て座っている。まずは母の分だ。

「健康のお守りは?」

中央の女子が指さした。次は自分の分。

「心願成就のお守りは?」

女子たちは目をまるくして、沈黙している。

「しん、がん、じょう、ず………」

「いえ、しんがんじょうじゅ、です」

また沈黙が訪れた。この子たちは、心願成就をわからないで、お守り売り場に座っているのだった。

孤独の太陽、滅びの世界、ぬかづく黒い雨、無知な野外劇、混沌と花火……相変わらず独り言のような一言半句が向こうから聞こえてくる。忘れぬうちに書き留めようとするが、次の瞬間聞こえてきた言質はすり抜けて、もうやってこない。

いつもそうしてたくさんの声を素通りさせている。やっと捉えたと思ったとしても、それは聞こえてきた声とは似ても似つかない偽物ばかりに変容していることもある。変容がダメかというとそうでもない。

そうした偽物ばかりの筋のないレイヤーが慰めだという。偽物でもそのなかにほんのひとかけらの真実が忍び込むかもしれないと信じているからだろう。彼は書かなければいられないのだ。言葉の内在するエネルギー・マグマに励まされ前に歩を進めているような。永遠のアカウント。

パラレルな世相の混沌。流光、座標系の流れ行く光陰、シナプスの立体的構え、蛇腹状で立つ誇張しない品位、特化した美、ゆるやかなほこり、具有が生きられる場所、無駄に、無闇に、肌触りだとすれば、熱心に聞く耳を持った挫折感。

芸術的欲望を貫くすさまじいさえずり。夜空はガラスのしなった期待位置。影のハードウェア。真昼の月が地上に降りて、空を映し覗き込むわたしたちを映し揺らめき ……。