守るべきもの

そのために、どれほど多くのことを私は父と語り合っただろう。汲めども尽きぬほどの不安や心配事が、父の口からはいつもあふれて出てきていた。毎日、来る日も来る日も、母の介護を一緒にし、介護に関する知識や技術を父に教えながら「大丈夫。いつも私が一緒にいるから」と伝え続けた。

父はいつのまにか「母のすべて」を受け入れ、父の介護力はプロ並みになった。父は365日24時間、母を介護し続ける。そして、私は365日24時間、いつでも父の不安に寄り添い、夜中でも駆けつけ相談に乗る毎日を過ごしてきた。

だから父は毎日、不安な中でも、極度の心配症でも、母を介護することができているのだ。どれほど心配や不安が出てきても、父と母の傍にはいつも私がいるという安心感が父を強くし母を守ることができているのだ。

だから、私が倒れたり弱みを見せることは決してできない。私が倒れようものなら父はたちまち不安に押しつぶされ、血圧が跳ね上がり母の介護が立ち行かなくなることは火を見るより明らかなのだ。

私は最期まで母を看取る、それだけは決めている。父と一緒に最期まで母を守る、そう決めている。だから、私は倒れるわけにはいかなかった。めまいなどで、倒れている暇はない。

今日も実家に行って母の介護をし父の不安を解消する、そして元気に笑顔で「今日も一日、3人でがんばれたね」と父と労い合う、その毎日を欠かすことは自分自身の中で絶対にできないことだった。たとえ這ってでも実家にたどり着き、父の前では「元気」に振る舞い、めまいなどはそぶりも見せないことが鉄則だった。

私は仕事も介護もないがしろにしたくなかった。だから交感神経を優位にすることでめまいを抑え込み続けた。多少、めまいがあっても仕事に没頭する、母の介護をする、父の相談対応をすることに集中していると、そのうちめまいは鳴りを潜めていく、そうやって毎日を過ごしていた。めまいに気づかぬフリをして、ただただ問題を先送りして毎日をやり過ごしていたのだ。