迷いながら揺れ動く女のこころ

美代子は、二人の話を聞いていて、サラリーマン家庭ではごく標準的な生活環境なんだ。これから十年二十年先のことを想像してもなんとなく未来像が見えてくるようで、平和な世の中に身を置いている自分たちが幸せなのか、としんみり考えながら、少し目線をテーブルに下げて紅茶のカップをつかんだ。紅茶を一口飲んだ後

「私には子供がいないし、主人とはあまり会話をしない家庭なんてこのまま続くのかしら。目先のことより十年先を想像すると不安が先立つよ。自由と趣味だけで生きがいが感じられない。主人だってこれから先、車いすの生活だから、下半身の筋肉が落ちてきて、もっと介助の度合いが増してくるからね。私には一度経験した入浴介助で大変さが分かっているつもり。だから美月さんのような家政婦さんが必要なのよね」

「美代子、気が付いているじゃない。山形家には美月さんが必要なのよ」

と花帆が我が意を得たと言わんばかりに語気を強めて言った。

「我が家には家政婦さんの存在が大きいことは承知している。だからこれまで仕事の役割分担も分けてきたからうまくやってこれたの。でもスペイン旅行中にイエズス会の教会で、改めて『隣人愛』を思い起こされたの。そして帰国してから主人に入浴介助を申し入れたの。美月さんの仕事分野を犯したのよ。さらにパエリアの件で台所にも立った。これらが美月さんを刺激してしまった。結局のところ主人一人を妻の私と美月さんで分け合ってるということね」

「美代子がスパッと割り切ればいいじゃない。美月さんの仕事分野に手を出さないとね」

「何のために結婚したのかしら。分からなくなってしまった。身体障害者の方と結婚するということがどんなことなのか深く考えていなかった自分が浅はかね」

「視野が狭くなっていたのね」

と結衣がフォローしてくれた。

「マザコンの彼と破局になったとき、人間不信になって、結婚という二文字を封印したつもりだったの。仕事も楽しかったし他に生きがいも感じていたから、自分でも縁談話が持ち込まれた時、どうして豹変してしまったのか、運命のいたずらと言うしかない」

美代子は過去を振り返ってしみじみと思いを馳せていた。

「人間の信念なんてそんなに硬い物じゃないのよね。誰しも揺らぐの。貴女だけを責めてみても仕方がないことよ。まして過去は一日たりとも帰ってこないもの。これからどう生きるか前向きになることが大事だと思うわ。元気出しなよ」

花帆の言葉に

「納得するわ。広い屋敷に話し相手も少ない中にいると憂鬱になるの」

「私たちだって、日中は子供たちが学校や幼稚園に出かけると、一人だから同じよ。今度フィットネスに行くと言っていたでしょう。もっと外の空気を吸うのよ。いい機会だわ」

と結衣が目を輝かしながら背中を押してくれた。