『変化するコミュニティ』

見た所、彼女の体には傷は一つもなかった。以前は切り傷どころか、赤黒い血が胸の辺りから溢れていたはずだ。俺はそのまま、まるで現実と夢の境にいるような感覚に陥りながらも、立ち上がって彼女の方に歩み寄る。そんな俺を見て、ルナ姉は片手に携えた本を丸テーブルに置いてこちらに向き直る。俺は不意に彼女のその華奢な体に優しく抱き付いた。

その瞬間、夢でも、幻でも良いと思った。目の前に彼女がいて、元気でいるだけで、瞳から涙が出てきそうだった。

「え、何? ちょっ、レッカ君……?」

彼女は狼狽えはしたが、そのまま振り払おうとはしなかった。こんなことでも優越感を感じてしまう程に、今、自分の姉がルナ姉であったことを嬉しく思った。

「ルナ姉だ……」

いつも通りのルナ姉。はっきりと「ルナ姉」と断言出来る。間違いない、これは夢でも幻でもない、本物のルナ姉だ。それを確信にまで感じられる頃には、俺は感動で泣き出してしまっていた。今は五体満足なルナ姉がいるだけで、感極まった。

「え、ちょっと、レッカ君? 変だよ?」

彼女は俺が泣いていることに気付いて、また優しく口を開いた。そんな(ほの)かな言葉にやっと冷静さが戻り

「あ、いや、何でもない。ホント、無事でよかった……」

と、あどけない態度で答え、抱きしめていた手を解いた。そして涙を制服の裾で拭き取り、糸が切れたように力が抜けベッドに腰をかける。しかし俺の中で現れた止めどない安心感の次には、やはり不可思議な矛盾を得た疑いが頭を染める。

「(今、目の前にいるルナ姉は本物だ。じゃあ、今とは比べ物にならないくらいに絶望的だった状況の、あのルナ姉は果たして何だったんだ……?)」

当然のように「こんな疑問」が俺の頭の中に溢れる。最悪、俺が思っていること自体夢オチなんてことも十分あり得る。……ちょっと待て。よくよく考えたら、本当にそうなんじゃないか? だって……、ルナ姉がピンチ。俺が颯爽と登場。ヒーローになって化け物退治。ルナ姉が救われる。思えばこれも、不器用な俺が自分自身に見せた年甲斐のない夢としてめちゃくちゃ考えられる。

「何? 無事って?」

「……え?」

無意識に

「え?」

と返した俺だったが、もう少し余裕があれば

「抱き付いてきたことよりもそっちか」

とツッコんでいるところだ。そんな俺の混乱具合を知る由もないといった様子で、ルナ姉はさらに喋り続ける。

「『え?』って、何かさっきからおかしいじゃん」

「あ、ああ……えと、」

今の自分の行動を指摘されて、多少自己嫌悪に陥る。