第1章 山本(やまもと)果音(かのん)

五.イケてる大人と、変な大人

「はい。果音ちゃん、これ」

綺麗に畳まれたブラウスを果音に渡しながら、バーバラは嬉しそうに笑う。

(あれ? 私のブラウス、こんなに白かったっけ?)そう思った果音は、とっさに上履きと見比べてみる。

同じ白でも、ろくに洗っていない上履きとは、全く違う色だ。 

あっという間に小さくなった上履きを見ながら、果音はふと、入学前の母とのやり取りを思い出した。入学前、どうせすぐ背が伸びるからと、制服のスカートは長めにした。あれだけ長かったスカートも、少し短くなった。

上履きも、もっと大きいサイズを買えばよかったと少し後悔した。

「果音ちゃん、どうかした?」

(はっ!)我に返った果音は急いで保健室を出ようとして、とっさに口走ってしまった。

「あ、ごちそう様でした」

すぐに自分の間違いに気づき顔を赤らめた果音は、バーバラにゲラゲラ笑われることを覚悟したのか下を向いた。しかし、果音の予想とは裏腹に、バーバラは「どういたしまして。また、いつでもきてね」と返したのだった。

果音は逃げるように保健室のドアを閉めた。バーバラが洗ってくれたブラウスから、いい香りがする。

バーバラは席に着きながら、果音の言葉を思い出していた。

(果音ちゃん、ごちそう様って言っていたな)

本当は「何か食べたんかい!」ってツッコミたかったが、彼女は知っていた。失敗を一番恐れる思春期の子供には、してはならないことだということを。

専門家としても経験者としても、思春期の大変さはよく分かっていた。大人になると忘れてしまいがちだが、当の本人は苦しくて、訳が分からない。

更年期もそうだ。

「全く、訳が分からない!」

バーバラは吐き捨てるようにこう言うと、生徒の思春期と自身の更年期について考えを巡らせる。人は、人生で何度か、訳の分からないまま「山登り」を強いられるみたいだ。

思春期の子供には、絶対的存在である大人が要る反面、ほとんどの大人を敵と見なす。大人はただ、ウザイ存在なのである。