第1章 山本(やまもと)果音(かのん)

「おはよう、バーバラ」

「おはよう!」

「バーバラ先生おはよう」

「おはよう!」

柔らかな日差しの中、日高由美は笑顔で挨拶を返す。

甘い花の香りが、彼女の声をいつにも増して弾ませた。

生徒たちは、彼女をバーバラと呼んだ。ババアではない。

バーバラは結構ババアだが、まだそれほどババアでない頃から、バーバラと呼ばれてきた。理由は定かではない。

一.春とともに現れた少女

バーバラが勤務する中高一貫校は、都心から電車で数時間離れた長閑(のどか)な場所にある。

養護教諭として三十年のキャリアを持つ彼女は、保健室とともに生きてきた。

バーバラは『生徒の健康を司る』プロとして、この仕事に生き甲斐とプライドを感じているが、時には予想外の出来事に弱気になることもある。

新入生の山本果音(かのん)。春とともに現れたこの少女との出会いに、バーバラは震えた。保健室史上かつてないほどのツワモノがやってきたのだ。バーバラは思う。神聖なる保健室を好き勝手にさせてなるものかと。

バーバラと果音のバトルは穏やかな春の日に始まった。