第一章

一年一組

「あ、悪い。思い出させたか?」

「いや、大丈夫。すまん。考え事してた」

「どうせあれだろ、可愛い宮園を思い出していたんだろ」

「その通りでございます」

秋吉は馬鹿だなあと大口を開けた。

「そういやさ、月島は東京にいたんだよな」

「そうだけど」

「いいな、東京。いつか行ってみたいな、ビルのジャングル。囲まれてー排ガス」

「馬鹿なの? 東京って一口に言っても、全部が全部、ビルのあのイメージだと痛い目見るよ。あと排ガスは日本のどこでも味わえるから。車の後ろに張り付いてたっぷり吸ってろ」

「死ぬから。でもさ、東京はどこもリッチだろ」

「その下品な手をおやめなさい。東京だって山もあります。高尾山とか」

秋吉のコインをかたどった人指し指と親指をおさめさせる。僕も当初東京は全体が二十三区だと思っていた。まさか山があるなんて思っていなかった。それだけ下関は東京から遠い。テレビで紹介される有名店も国会議事堂も皇居もイベントも皆東京を中心に回っている。

もちろん、東京が日本の首都だが、東京なんて滅多に行ける場所ではない。遠すぎてイメージがうまくつかないのだ。

「えー。でも東京って生えている木までおしゃれそう」

「なわけあるか」

東京で暮らす中で降って湧いた叔父の転勤の話は僕にとって吉報だった。叔父は福岡県北九州市に転勤になったのだ。下関市とは関門海峡を隔てた対岸の街である。ならいっそ、僕も下関に帰りたいとわがままを言って、高校受験は下関で受けた。

受験のために久しぶりに帰る下関は思ったより感慨が小さかった。羽田発宇部空港着の飛行機を経て、空港から電車に揺られ下関につくまでの道のりが体力をことごとく持って行った。きっと、感動が薄かったのはその疲れのせいだ。

それから、見事第一志望だった下関市立植木田高等学校に合格して僕たちは下関市に帰った。着いてすぐ、引っ越し業者の人が来てくれて、引っ越し初日は一日中荷解きに追われた。数日間は荷解きやら、届け出やら、新居に足りない物の買い出しやら、僕の高校入学準備などで街を見回る余裕なんてないまま入学式を迎えた。

その高校は僕が通っていた小学校にほど近く、学力も僕でも無理なく通えるところだった。そして宮園や他の友人たちに再会できるのではないかというおぼろげな期待はあった。

決して東京が嫌いだったわけではない。東京にも友人はいる。けれどいつも故郷を追いかけていた。想いを捨てきれなかった。そもそも下関に帰ったところで旧友に再会できるかなんて分からない。会えない可能性のほうがよっぽど高い。むしろ諦めて全く新しい人間関係を作るつもりで帰郷した。

期待を打ち消そうと見も知らない誰かと一緒の高校生活を想像していても、最終的にその相手は宮園になってしまう諦めの悪い僕を消すための儀式だったのに。