藤原教授は、これら八人の数学の天才を凡てその生誕地から、通った学校、あるいは住んでいた家に至るまで悉く現地取材し、これまでの書物には書かれていない彼らの真の人間像を探求したのである。

勿論、当時の建物や土地さえない場合もあるが、そんな時には、彼らのことによく精通した人物を探し出し、詳しく聴取したのである。父の「孤愁〈サウダーデ〉」を求めて、ポルトガルへ、八人の数学者の実像を求めて、遠く異国の旅へ。それだけに、その行動力が事実の裏打ちとなって我々に真に迫って来るのである。

違った国々を自らの足で歩き、会得した収穫物は極めて貴重だが、その労苦と辛酸は並大抵のものではなかった筈である。

そして同氏は、前掲の『若き数学者のアメリカ』で一九七八年日本エッセイスト・クラブ賞を受賞され、またごく最近まで、読売新聞「人生案内」の回答者として健筆を振るわれていたという、実に身近な存在なのである。

かくして、秋の夜長のふとした「チャンス」という神出鬼没な女神は、私に大変な宝物を掘り起こさせてくれたのである。もしあの時、その前髪を掴まずにそのまま眠ってしまったら、これらの素晴らしい書物には一生巡り会えなかったであろう。


参考文献

『NHK人間講座テキスト』NHK出版 二○〇一年八月、九月期

『若き数学者のアメリカ』新潮文庫 昭和五十六年

『数学者の言葉では』新潮文庫 昭和五十九年

『数学者の休憩時間』新潮文庫 平成五年

『遥かなるケンブリッジ』新潮文庫 平成六年

『父の威厳 数学者の意地』新潮文庫 平成九年

『心は孤独な数学者』新潮文庫 平成十三年

『古風堂々数学者』講談社 平成十二年

著者 藤原正彦

 

『強力伝・孤島』新潮文庫 昭和四十年

『八甲田山死の彷徨』新潮文庫 昭和五十三年

『アラスカ物語』新潮文庫 昭和五十五年

著者 新田次郎

 

『流れる星は生きている』中央文庫 昭和二十四年

著者 藤原てい

※藤原教授が最近書かれた『国家の品格』は、ミリオンセラーになっている。

【前回の記事を読む】「どんな天才でも神様であるはずがない」インドの天才数学者ラマヌジャンの人間性に迫る