河田本家の(はり)は赤松の巨木を使った大きなものが横に十本以上使われていた。柱は柱で、みな抱えるほどの太さで黒光りしていた。篠原はもっと詳しい説明を聞きたかった。受付にいた三十代くらいの女の人のところに戻って、話しかけた。

「素晴らしい建物ですね。ちょっとお話を伺いたいのですが」

女の人は、じろっと篠原を眺めると、怒ったような顔をして、首を振った。よほど篠原が気に入らなかったのか、あんたなんかと何も話したくない、というような感じだった。ちょうどそこに、別の観光客が来て、

「あの、トイレ、ありますか」

その受付の女の人に尋ねた。すると、篠原にしたと同じように、首を振った。観光客は食い下がった。

「近くにあれば、教えてください」

「ありません」

ひどい応対だった。観光地でトイレも教えないなんてことがあっていいのだろうか。とてもこれ以上、この家の説明を求めても何も言ってくれそうにはなかった。篠原はあきらめて、巨大な河田本家を出た。ちょうどお昼時だった。昼ご飯でも食べようと思って、近くの合掌造りのうどん屋に入った。しかし、ここでも、

「山菜うどんって、どんな山菜が入っているのですか」

聞くと、店の女の人は怒ったように首を振って黙っているのだった。話しかけられるのが、不愉快でたまらない、と全身で表していた。排他的な雰囲気が満ち満ちていて、ここは昔の建物を見せている観光地ではなく、本物の現役の秘境なのだと、篠原は実感した。頭の中ではそれを理解したが、気持ちの上ではこんなところからさっさと帰りたかった。

見回すと、他の観光客も、全然楽しそうな顔をしていなかった。誰もが、それなりに冷たい仕打ちにあって、不愉快な気持ちを抱いているようだった。最後にもう一棟、公開家屋を見たら帰ろうと思った。うどん屋のすぐ近くに『河田家』という、たぶん河田本家の分家筋らしい家があったので、そこに行くことにした。

 

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