第二章 飛騨の中の白川郷

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篠原は外に出てみた。二人の姿は見えない。漆黒の闇だった。ひしひしと闇が迫ってくるような感じがした。思えば、すべては河田の好意によって成り立っている毎日だった。村の人も、河田の客人だと思っているから気楽に遊びにきてくれている。

逆に河田本家が一声「消せ」と言ったら、篠原は何の証拠も残されず完璧に抹殺されることだってこの村ならばあり得るのだ。篠原が殺されても、村中が黙っているだろう。この秘境の村には二千人くらいの人がいるけれど、村人同士は固く結ばれている一つの塊とも言えるのだ。

篠原はゾクゾクしてきた。星の光でしばらくすると合掌家屋の家々が、微かに見えてきた。闇の中に、一棟、一棟、まるで大きな恐竜がうずくまっているように見えた。篠原は生々しい恐怖感に襲われた。ふと、ポンと誰かが篠原の肩を叩いた。篠原は恐怖で叫び声を上げそうになった。

「ガハハハ、なーに、びっくりしとる。飲み直そう、済まなんだなあ」

河田の声だった。太一郎から篠原を追い出せとは言われなかったのか。

「気にせんでええ。オレは、中学から村を出とったで、塩硝ってもん、ようわからんのや」

 二人で家の中に入り、飲み直した。篠原をここに住まわせてくれている、一番肝腎な河田裕也が塩硝について調べてはいけないと言わなかったから、篠原はこれで許可されたのだと判断した。やはり明日、教育委員会に行って、村史について聞いてみようと思った。

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次の日、教育委員会に行って、村史編纂に関わったという委員長の志田に会った。志田の雰囲気は河田の友達の水沢に似ていて、色白で静かな雰囲気だった。ガッシリした体育会系の河田とは全然似ていなかったが、篠原を見ると開口一番に、

「わたしは、裕也とは縁続きなんですよ。母方がイトコ同士」