ある日ワンカップのおっさんが、車椅子を押して、リカー品川に来店した。車椅子には見知らぬ女が乗っていた。白いスウェットの上下姿で、足を怪我しているらしく、裾のめくり上げられた右足には、足首から指の根元までギプスが嵌められていた。ギプスから覗く指先には、不恰好な足の見栄えをよくするように、赤いマニキュアが塗られている。

なかなかの美人だからか、ワンカップのおっさんはまるで執事のように車椅子を押し、悠然と座る女に、狭い店内を案内して回った。

「なんだか、仮病使って学校早退した時みたい。ワクワクするねェ」などとワンカップのおっさんに話し掛けながら、棚と棚の間を女は進んだ。駄菓子、つまみ、生活雑貨など、所狭しと並べられた商品を、車椅子に座りながら女は物色している。「いまだにこんな昔ながらの酒屋ってあるんだねえ」などと失礼な言葉を漏らしながら。

女の言う通り、個人経営の酒屋など、うちにしても品川さんのところにしても、化石のような存在なのかもしれない。先細りの絶滅危惧種さ。分かっていても、レジにいたぼくは、エロ週刊誌をめくりながらジロリとそちらを睨んでしまう。

二人が選んだのはともにワンカップの日本酒だった。金を払うとワンカップのオッサンは客用のイスに座り、女は車椅子のまま、うまそうに酒を飲み出した。

自然ぼくたちは話し始め、女に関する少しばかりの知識を得たのである。彼女は交通事故で右足首を骨折し、北関東病院に運ばれてきた。足首以外は打撲ていどだったから、しばらくすると病室で暇をもてあますようになり、車椅子で院内をさまよっているうちにワンカップのおっさんと仲よくなり、悪の道に誘われ病院を抜け出してきたという。

外見はあんがいまともで、髪もほとんど染めていないし、眉がいかにも穏やかで自然なのは、入院中で手入れをしていないせいかもしれないが、落ち着きを感じさせる。その反面、時々チラチラと、目にいたずらっぽい光を浮かばせるのが食えない感じだ。患者のくせにうっすらと化粧しているせいで、ぼくより大人びた雰囲気はある。少なくとも、もうすっぴんで勝負できないことを悟れるほどの、半端な大人さは身に付いている。

それなのに馬鹿っぽいところが印象に残る女で、酒を飲んで「うめェー」を連発したり、すぐに酔っぱらい、「お兄さんも飲みなってぇぇ」とぼくに絡んできたり、お菓子を買いに来た小学生の男の子を抱きしめておびえさせたり、これまた酔ったワンカップのおっさんに膝や腿をさすられても平然としていたり、こちらがシラフなだけに、そのノリに付いていけなかった。

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