出来上がったばかりの信長本能寺屋敷。

庭には、芽吹いたばかりの柳と共に、早咲きの糸桜が、満開にならんとする枝を風に揺らしている。

「それにしても黒いのう」

信長は、二度目を呟いた。

素より白い蘭丸の肌が、汗ばんでうっすらと紅を差した如くなっている。風に散り始めた数片の糸桜が、蘭丸の肌と一つになって美しい。それに比べ、この男の「黒」は際立っている。

男の傍らには、片膝を地に付け、キリスト教宣教師が一人控えている。宣教師の名は、ニェッキ・オルガンティーノ。イタリア人である。

オルガンティーノは、京都におけるキリスト教イエズス会の布教責任者として、信長とは旧知の間柄である。二年前、信長の許可により安土城下に教会堂が建設された。その屋根に、安土城天主と同じ「青瓦」の使用を唯一許可したほどの、信長のお気に入りである。

蘭丸は、まだ男の体を擦っている。

「蘭丸、もう良い。余計黒光りしてきた。のう、宗易」と、信長は声を掛けた。信長の後ろでこの様子を楽しんでいた宗易(後の千利休)は、笑いを堪えていた。

「弥。弥。誠に黒うございますな。そしてとても美しゅうございます。桜の花びらが雪のように見えまする。私も堺にて商いをするものとして、()(ソン)(フィリピン)安南(アンナン)(ベトナム)(シャ)(ムロ)(タイ)など肌の黒い南国人はよく見かけますが、これほどの者は初めてでございます。正に、体に黒漆を塗ったようでございます」

「黒漆か。確かにそうじゃな」

信長は高笑いした。

「そうじゃ、良いことを思いついた。こやつに日本の名を付けてやろう。のう宗易」

「それは御名案。して如何なる名前で」

「もうすぐ弥生じゃ。お主の口癖、弥、弥の『弥助』はどうじゃ」

「恐れ入ります。良き名かと存じます」

「おい男。そちは今日から弥助じゃ」

黒き男は静かに頭を下げた。

「オルガンティーノ。おぬしから申し出のあった新しい巡察師の件、目通りを許すぞ。明日、この弥助と共に連れてまいれ」

「ありがとうございます」