ちょうどそのとき、またふらっと現れた人物がいる。

酪農科三年の内燃だ。

「や、どうも、うちの店のバケツとロープは役に立ちましたかい?」

「おお内燃か。大いに役に立っている。ちょうど新事実が明らかになったところだ。黒板を見ろよ」大河はそう言いながら、黒板を見るように顎をしゃくった。

内燃は、黒板をじっと見つめる。

「これはあれですかい。牛が増えると川の何かが増えるってことですかい?」

「察しがいいな。川の電気伝導度は化学肥料や堆厩肥なんかが流れ込むと増える。つまり、牛が増えると川は汚れていくってことだ。それと、化学肥料やなんかは、ニシベツ川に流出しているってことだな」

なるほどなぁと内燃はつぶやくと、農業クラブの連中に言っておきますわ、と言って水産実験室をあとにした。

水産実験室で新しい事実の発見に興奮している頃、山川徹は一階玄関ホールのプレートの前に立っていた。夕日に照らされたプレートには『学理実践 由来』と書かれている。

「考える人間とは疑問を抱く人間であり、疑問を抱く人間は科学的人間である、か」

プレートを見つめながら、山川はつぶやいた。つぶやきながら、

(疑問を持つとはどんなことなのか……)

(水産科四年の大河先輩があれだけ熱くなるのは、疑問を持っているからなんだろうか)

(疑問を持って考えて行動しろってことが、北沢教頭や中原校長が言いたいことなんだろうか……)

(自分は、どんな疑問を持って、何ができるんだろう)

そのようなことを、かみしめるように考えている山川であった。

ちょうど中渡千尋が、茶道部の活動を終えて玄関ホールに一人で向かってきていた。山川の様子を見て、足を止めた。真剣な、しかし思い悩んでいる様子を、遠くからそっと見守っていた。