第二章 伝統的テコンドーの三つの要素

(四)ウォニョ(漢字表記:元暁)(動作数28)

この型は、高僧、元暁(六一七―六八六年)の名にちなんでいる。元暁は、韓国の仏教伝統における主要な思想家、執筆家、評論家の一人であり、最も影響力のある大乗仏教の経典に関して八十冊以上もの論評を執筆している。

また、彼は路上で歌や踊りを披露することで有名であった。そのような行動はブッダにとって失望的なものであったが、彼の歌は、生きとし生けるもの全てを救う手だてだと見なされていた。

そして彼の人生は、韓国の三国時代終焉期に及び、新羅王朝において仏教を広めることに貢献した。元暁が仏教の教えを始めたのは、人の心が持つ偉大さを体験したことがきっかけであった。

彼は僧であった頃、親しい友人と共にさらなる学問を求めて中国を訪れた。旅の途中、大雨に遭い、洞窟と思われる場所へ避難したその晩、元暁はとてつもなく喉が渇いたため水を探し求めた。そして真っ暗闇の中、彼は飲み水でいっぱいと思われるひょうたんを見つけて一気に飲み干した。

おかげで喉はたちまち潤い、深い眠りにつくことができた。しかし目を覚ました時、仲間とともに自分たちが古塚にいることに気が付いた。また飲み水が入っていると思っていたひょうたんは、実は人間の頭蓋骨であり、中の水はまずくて飲めたものではなかった。

そこで彼は、物事の全ては自分の心の持ち方次第だと驚嘆し、この「唯識」と呼ばれる悟りの体験を伝播するため聖職を去り、仏法の言葉を世に広めた。この体験と後の指導から、元暁は、韓国の文化における国民的英雄となっている。

(五)ユルゴク(漢字表記:栗谷)(動作数38)

栗谷とは、偉大なる哲学者と学者であった李珥(リ・イ、一五三六―一五八四年)の雅号であり愛称でも親しまれていた。この型の動作数38は、38度線に面した彼の出生地を表しており、その演武線はハングルで「学者」を象徴している。

また、李珥は、政府の役人としても活躍し、様々な役職を務めあげている。哲学者としてだけでなく改革者でもあった李珥は、内閣においても儒教の価値と信条を取り入れるべきであると考え、適切に行政を運営するには、正しい知識と自己修養が基本であると説いた。

これは、他人を統治したいのなら、まず己を律する方法を学ぶべきだという儒教の教えに倣っている。今日、李珥の肖像は韓国紙幣5000ウォンに用いられている。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『人の道 伝統的テコンドーの解釈』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。