【前回の記事を読む】「生と死を分ける問題」…がん患者が抗がん剤をためらうワケ

手術・手術後

一 手術・入院

翌日妻と一緒に栄養士から食事について詳しく教えてもらった。一度にたくさん食べられないので、三食の他に間食を二、三回取るように言われた。入院中もよく失敗してしまったよく噛み、ゆっくり食べる食べ方をずっと続けるようにも言われた。アルコールは飲めないことはないが、いきなり小腸に届いてしまうので酔いやすいとのことだった。ビール等の炭酸飲料はゲップを出しにくくなっているのでやめた方がいいと言われてしまった。

一週間目はこういう物が、次の週からはこういう物がとパンフレットをもとに詳しく教えてくれたので不安はなくなってきた。

ただ、抗がん剤を断ったことで、この病院とは三ヶ月に一回の定期検査だけの関係になった。抗がん剤を使わないということは、後は自分で責任を持って再発や転移を防がなくてはいけない。自分で決めたことだ。弱音を吐いている場合ではない。

ついに退院だ。久しぶりに私服を着た。ズボンがだぶだぶになっていた。ビール腹になっていたのが、手術で胃を取った時、脂肪も一緒に取れたようでお腹がすっかりへっこんでいた。ビール腹の時はどうにかしてこの脂肪を取りたいと思っていたが、こうもなくなってしまうのはちょっと寂しかった。

病室を出て、いつも世話をしてくれた看護師に挨拶に行った。

「戸隠さん、別人みたい」と言った。

いつも病院服で、しかも食べるのが苦しくて苦痛の顔をしていることが多かったのが、今日は私服を着て、晴れやかな顔をしているのでそう思ったのかなと勝手に想像した。

「本当にお世話になりました。おかげで大分元気になりましたよ」

これは本当の気持ちであった。病人も辛いが、その病人を相手にする医師や看護師も相当大変であることはよく分かった。仕事といえばそれまでだが、二十四時間体制で、命に関わる仕事だ。その緊張感は並大抵ではないと感じていた。

妻の車に久しぶりに乗った。揺れると手術で切った傷が痛むが、その痛みよりも開放感や、これからの生活への期待の方が大きかった。

「やっと退院だ」

「おめでとう」

夫婦になって三十年位経つ。二人の子どもも大学を出て働いている。いろいろな苦労もあったが、何とか乗り越えてきた。夫婦は戦友みたいなものだと誰かが言っていたが、そんな気持ちもする。

「これからも頼むよ」

「任しておいて」

絶対にがんに勝ってやる。私はそう誓った。

退院はしたが、自宅療養が二週間ある。恵まれていると思うが、今の状態では働くのは無理だ。この二週間で働ける体にすることが、職場の人たちに対するお礼になると思った。

まずは、じっくり食べる癖をつけよう。娘に頼んでおいたウォーキングマシーンを使って運動をしよう。職場復帰した時にすぐに授業ができるように準備もしなくては。再発や転移をしないための方法を考えなくては。温泉旅行の計画も途中だったから、伊豆のことを詳しく調べて最高の計画を立てよう。余裕があったら、人生についても考えよう。自宅療養二週間の計画はできた。