私の週日は大体次のようなものだった。朝7時頃には起きて、他の下宿仲間と朝食をとった。ミセス・ミッチェルの用意してくれる朝食は毎日変わらず典型的なイギリス風で、トーストとバターやジャム、ベーコンエッグと少々の野菜、それにたっぷりのミルクティーだった。これはボリュームもあり美味しかった。

8時頃には家を出て、セント・ジョンから列車でチャリング・クロスに出た。朝の通勤時間帯は勿論東京のような状態ではなかったが、それでも結構ロンドン中心部へ通う人が多かったから、例のコンパートメント型の列車では、人が少なそうなボックスを見つけて乗り込み、「失礼、失礼」と声を掛けながら席を確保しなければならなかった。

チャリング・クロス駅からは15から20分ほど歩いて事務所には9時には着いた。事務所の私が働いていた部屋には7、8人もいただろうか。皆私より年上のようで、チリ人やオーストラリア人も混じっていた。

事務所の雰囲気も仕事内容も、日本で見聞きしていた組織設計事務所とたいして変わるところはなかった。皆設計中のニューカッスル大学の仕事を黙々としていて、私はせいぜい教室の机の配置を計画することだった。

これは別に面白い仕事ではなかったが、私はイギリスの設計方法を学ぼうと考えていたわけでもなかったから、別に不満もなかった。大体、外国から短い間の実習に来た学生にさせることといったら、どこでもこんなものだろうと思った。

そんなことより、私は皆と話をしていて、自分のいおうとしている内容と自分の語学力の落差に自己嫌悪になった。私は英会話を日本で習ったわけではなかったが、行けば何とかなるだろうと考えていたが、これが甘かった。建築の話はまだ皆と共通する部分があったが、込み入った話になるとお手上げだった。

ルテーナンの細かい話にもついていけない場合が多かった。私は彼と話す時には、正面から彼の目を凝視しながら話すようにした。その方が自分の意思が伝わると思ったのだ。どうも私は語学の才能はないようであった。