ワルツさんは僕にリュシアンという名前をつけてくれた。僕が本屋にいついた翌朝のことだ。窓から透明な風が入ってきていた。ワルツさんは、僕の眉間の傷を撫でながら、僕の目をじっと見て、お前の名前はリュシアン以外にないと言った。そして、人差し指で天を指した。

「お前は私に選ばれた猫だ。だから、リュシアンなんだ」

この奇妙なワルツさんの言葉に僕は救われた気がした。懐かしい人に会ったような、そんな感じだった。

ワルツさんは、僕がいないかのように振る舞う。

僕はいるっていうのにさ。

居眠りにも飽きた頃、僕にちょっと話しかける程度でほとんどしゃべらない。

僕と目が合うと右目だけで笑う。

いたずらを見つけられた子供のように笑う。

白いひげは喉まで伸びっぱなしだし、そのひげにスウプの汁がくっついてカピカピになっても、ワルツさんは気にしない。

少し左足を引きずる癖があって、毎晩飲むウォッカのせいで、この頃は足音が大きくなっている気がする。

ドン・ツ・トン、ドン・ツ・トン、ドン・ツ・トンてな具合に。

ワルツさんの立てる音って、それだけだ。でも時折、音も立てずに歩いている時もある。

僕を驚かせようと近づく時とか。まったく変な人だ。

それから、ワルツさんはレッドカーペットが病的に好きだ。

毎朝、レッドカーペットの掃除だけは欠かさない。

掃除をしたあと、赤いもやもやに頭をくっつけては何かボソボソ言っている。

完全にクレイジーだな。

僕と暮らすワルツさんは風変わりで偏屈なじいさんだ。

でも、僕に秘密を打ち明けた夜は懺悔する人みたいだった。

ワルツさんには何も罪はないというのに。

でも、まだワルツさんのお母さんが亡くなったあとのことは聞いていない。