序章

明治二十一年(西暦一八八八年)十月

すっかり東京人のようになったとはいえ、大御門はやはり京都人だった。イケズを仕掛けるときの頭の回転は、昔と変わらぬ速さだった。

「い、いえ、彼女とは、そんな関係ではなくて……」

森はしどろもどろに言い訳を始めた。

「では、どういう関係なんだ?」

大御門がさらに突っ込むと、森はしだいに青くなって行った。その一方で、万条は森のことが、なんとなく気の毒に思えてきた。元々この宴席は、森の凱旋祝賀会だったのだ。飛び入り参加の自分が台無しにしたようで、万条は本来の話題に戻してやることにした。

「それはそうと、ドイツではどんな勉強をしたのか、もっと聞かせてくれるかな?」

あとは根掘り葉掘り、森に留学のあらましを尋ねてみた。四年前の明治十七年八月二十四日、森は横浜から日本を発った。十月七日にドイツに上陸すると、いったんライプチヒ大学に籍を置いた。そこではまず、衛生学のホフマン教授に師事したという。

「このときの留学仲間は、全部で十人でした──」

森はその名前を順番に挙げていった。そして萩原三さん(けい)という名前が出たときだった。

「えっ、萩原先生と一緒だったのか?」

万条は驚いて訊き返した。萩原はかつて、京都療病院医学校の校長だったからだ。元は東京医学校の解剖学教師で、万条が医学生時代、縁あって京都に来てくれた。

「はい。萩原先生はライプチヒで二年間過ごし、ドクトルの学位を取られました。そして日本に戻られると、宮内省侍医局に奉職されました。去年からは、皇女の久宮(ひさのみや)静子(しずこ)内親王の侍医となっておられるそうです」

「そうだったのか……」

話を聞いているうちに、万条はますます、森に親近感を覚えてきた。京都で医学生だった頃、万条は大御門からの手紙で、森 林太郎の名前を聞いた。後輩に、恐ろしいほど秀才の男がいるとのことで、それが恩師の留学仲間だったという。

一方、萩原は明治十四年、京都療病院医学校の校長を辞すると、いったん東京へ戻った。その後の消息を、万条は詳しく知ることはなかった。後にドイツに渡ったことと、帰国後に宮内庁に入職したことは風の便りで聞いたが、留学先で森と一緒だったとは、初耳だったのだ。

森は、興味津々な顔の万条に気を良くしたのか、得意げに話を続けた。