第一章

京都と大阪間の物流は、昔から船が主役だった。

そのさい、上流の京都から大阪に行くのは簡単だ。川の流れに任せるだけでいいからだ。万条が淀川を下ったときも、速くて快適な十一里余りの船旅だった。

ところが帰りは、川を遡上する必要があった。蒸気船はまだ一般的ではなく、人力で船を引っ張り揚げるのだ。途中に綱を引く場所が九カ所あり、大変な労働と時間をかけて、伏見まで上ることになっていた。

往路に比べ、帰路は景色が静止しているように、なかなか進まなかった。その間、万条はヨンケルとさらに話し込んだ。

すると、もう少し詳しい彼の経歴がわかった。ヨンケルは来日する直前、普仏戦争に従軍しており、終戦後はドイツに移り住んだ。そこでライプチヒ大学と関係ができ、その推薦で日本行きが決まったという。

またヨンケルは、単身で日本にやってきた。故国に妻子はおらず、たった一人で地球を半周し、はるばるこの極東の島国の土を踏んだ。大学を出て間もない若手教師ならいざ知らず、四十歳をとうに過ぎた中年男が、結婚もしていないとは珍しい。

万条は意外に思ったが、その冴えない風貌を見て、すぐに思い直した。ヨンケルがずっと独り身でいたのも、あながち不思議はないと、つい納得してしまったのだ。伏見までは、のんびりとした川上りだった。ヨンケルに訊くことも尽き、会話がいったん途切れたときだった。

「あと五日ほどしたら、東京の新橋と横浜の間で、鉄道が正式に開通するらしいな」

必死の形相で川岸から綱を引く人足の姿を眺めながら、安妙寺が思い出したように言った。

「鉄道?」と、万条は振り返った。

「鉄の軌道の上を、客の乗った車が走るんや。引っ張るのは、専用の蒸気機関らしいで」

「蒸気船の、陸上版みたいなものか?」

「まあ、そんなもんや」

万条は想像してみた。しかし今ひとつ、ピンと来なかった。