【前回の記事を読む】小説を書く前に、どうしてもやらなければならない「チャレンジ」とは?

第一章

1 七月三十日挑戦前夜

私には、人に言えない過去がある。

会社の元同期たちにも、妻にさえ、それを話したことはない。私を知る者は皆、私のことを元からそういう人間、つまりどこにでもいる普通の社会人だと思っているだろう。私自身いつしか過去のことを忘れかけ、何食わぬ平凡人面してずっと生活してきた。

人には言えないといっても、殺人などの重大な犯罪を犯したとかいう禁断の過去があるわけではない。かつてかなりみっともない日々を送っていた青春の一時期があり、昔のことなのでそれを忘れかけていて、忘却と羞恥心ゆえ誰にもカミングアウトできず、その必要性にも迫られず、これまでやってきただけのことだ。

ところが、忘れかけていた過去をある時ありありと思い出してしまった。あのみっともない青春の日々、火の出るような火を吐くような、暗くて真っ赤で、熱くて痛くて眩しい日々を。甦らせたのは、かつての日記である。

若き日の私の行状(ぎょうじょう)は全て日記に記されている。そして奇跡的に保存されていたその日記との再会が、今回のチャレンジに挑むきっかけを作ってくれた。

かつての私は孤独な放浪者であり、欲望まみれの聖なる妄想者であり、時代遅れの世紀末青年だった──。